カテゴリー: ルターと福音主義

ルターと福音主義(7)

(5)「ルターの歴史的使命」

 

それでは、ルターの歴史的使命と彼の思想のすぐれた点はどこにあるのであろうか。それは救いが「キリストを抜きにしてあり得ない」ことを鮮明にした点にある。この点はいくら褒めても褒めすぎることはない。

 

救いにおいてキリストを強調し、キリストを対象としないそれ以外の教義や諸々の儀式や規範や制度を否定したのは、神の摂理から見て、原始キリスト教を回復し、再臨のメシヤを迎える内外の環境復帰の準備であった。

 

ルターは聖書に根拠を持つ洗礼と聖餐式の二つだけを残した。これは「合同結婚式」における聖酒式として統一教会に継承されている。

 

また歴史的な宗教改革が起った原因は、なによりも、当時のローマが異教時代の帝政期に劣らず、贅沢ぜいたくな食道楽にふけり、「それはまったく退廃し、病毒に冒されており、考えられるかぎりの淫乱、食道楽、詐欺、権勢欲、神を誹謗する冒瀆の混沌である」(『ルター』、松田智雄編、中央公論社、21頁)と言われるほどの腐敗ぶりにあった。それ故に、法王を中心とする復帰摂理の目的が成就できなかった(『原理講論』「宗教改革」、参照、516-518頁)。それで歴史はルターの義認論を動機として宗教改革が勃発し、さらにルターの意図を超えて近代市民社会を形成し、神の国が顕現する前段階まで前進してきたのである。

 

ところで、ルターの義認論が近代市民社会の成立に寄与したことについて次のように述べられている。

 

「ルターの義認論には、のちの修道院制度の否定や職業観にみられるように厭世的性格はなく、現実的、世俗的性格がある。ルターの義認論はこのような独自性をもっていたからこそ、宗教改革運動に多大な影響を与え、間接的にではあるが近代市民社会の成立に寄与することになったのである。」(『ルター』小牧治・泉谷周三郎共著、131頁)

 

さらに、ルターの神学の特徴を述べるなら、ルターほどサタンを意識し、認識していた神学者は少ないといえる。また、霊肉の対立と葛藤を説き「ああ、私の罪、罪、罪」と絶叫し、彼は「原罪」を実在として説いた。しかし現代神学は、個々の罪ではなく、罪の根源である「原罪」を神話であると軽視する人が多いのである。

 

最後にエラスムスが異端者としてカトリックから断罪された点にふれておこう。

彼の死後(1536年)、1554年に、教皇ユリウス三世によりエラスムスの著書『痴愚神礼讃』、『格言集』、『新約聖書注解』が、宗教改革運動への荷担とカトリック体制への批判との関連で禁書とされ、1558年には、教皇パウルス四世により、エラスムス自身が第一級の異端者と断じられた。

宗教改革者の側からみても、人文主義のギリシア、ローマの古典にさかのぼる人間本性の善性の認識(エラスムス)と、聖書を起因とする深い罪認識(ルター)との間に相違があると指摘されている。

 

しかし、〝異端〟と断罪されても、再臨のキリストによって救済されるであろうし、ルターへの批判の諸点はカトリックに継承されているのである。

 

ルターはエラスムスに対して激しく批判したが、最後には次のように述べている。

「訴訟の核心をついたのはただきみだけであって……私は心からきみに感謝する。」(ルター著『奴隷的意志』、松田智雄編、中央公論社、259頁)。

この点が摂理的中心人物であるルターの偉いところであると言えよう。

 

また、ルターの宗教改革に対して、カトリック側も内的刷新と積極的防御(反宗教改革)をせざるを得なかったことは言うまでもないことである。

 

ちなみに、「宗教改革運動に対して、当然、カトリックにおいても対抗の動きが見られた。その先頭に立ったのがドミニコ会である。審問や討論を通じてルターと論戦をした。またカトリック内部にも改革の機運が高まり(→カトリック改革)、1540年にはイエスズ会が托鉢修道会として誕生した。イエスズ会は内部の信仰の革新に努めたばかりでなく、積極的に海外伝道を進めた。日本にもイエスズ会士フランシスコ・ザビエルが1549年に上陸し、キリスト教を伝えた。」(『ルターと宗教改革事典』教文館、143頁)のである。

 

 

「補足」

 

(1)「天国は二人で行く所」 

 

カトリック神学は、「救いの実現は神人の協力による」(『カトリックの信仰』、岩下壮一著、講談社学術文庫、628頁)と言明しており、「救いは人間が我儘勝手わがままかってに『自分は救われた』と思い込むMind Cureではなく……神の愛と人間の道徳的努力との交響楽」(同、629頁)なのであるとし、プロテスタント神学の信仰義認論を批判している。

この伝統主義による聖書解釈は「統一原理」と一致している。ただし、救いについての客観的な定義はカトリックといえども依然として知らず、愛を重視し、至福を説いてはいるものの、それを「四大心情圏」や「三大王権」として概念的に説いていない。これは再臨のメシヤ以外に解けない問題なのである。

 

フランシスコ派の神学者は「至福における『愛』のモメントを重視する」。主知主義的といわれるトマスも「自然本性的な知性の能力の限界」を超えて、「神からの超自然的光を受けなければならない」とし、「神を見つつある至福者の知性は、神の愛によって浸透され、強められ、浄化され、生命化された知性である。」(『トマス・アクィナス』、中央公論社、山田晶編、526頁)と述べている。

 

このように、トマスも愛のモメントを無視していないと指摘されている。だがしかし、最高の至福である愛を「統一原理」を基盤とした文鮮明師の御言みことば(『真の家庭と家庭盟誓』)のように、概念的に、具体的・客観的・存在論的に究明できていない。これが西洋哲学、西洋的思考の限界である。

したがって、完全な神の愛の認識とは如何なることなのかをカトリック側も客観的に知らないといえるのである。

 

文鮮明師は、愛は自分一人(男性だけ、女性だけ)で感ずるものではない。愛する対象がなければならない。愛は対象を通じて、対象から来る。神御自身がそうなのであって、神も愛の対象がなければ愛を感ずることができない。神の愛の対象、それは人間以外ではありえないと語っておられる。

 

最高で唯一・絶対の愛は、相対する「二つの存在」(ペア・システム)がなければ生じないのである。これは驚くべき原理である。したがって、至福は一人ではなく、二人(アダムとエバ)でなければそれに至らないのである。しかも罪ある二人ではなく、「体があがなわれた」無原罪の二人でなければ体得できない。神の真の愛は罪と無関係であり、罪人には顕現しないからである。それゆえ、再臨主による〝祝福〟すなわち新しい人間に再創造された祝福家庭によらなければ、神の真の愛は経験できない。文鮮明師は、天国は一人で行くところではなく、二人で行くところであると語られている。

 

すべてのキリスト者はこの〝小羊の婚姻〟を待望しているのである。すなわち「子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」(ローマ、8・24)のである。

 

ただし、繰り返すが、至福、永遠の生命、すなわち神との関係とは、既存神学が説くような個人的な救いの関係ではない。「主にあっては、男なしには女はないし、女なしには男はない」(コリントへの第一の手紙、11・11)という二人の関係による真の愛のことである。

 

(2)「ヤコブの手紙」について

 

ギュンター・ボルンカムは、公同書簡の一つである「ヤコブの手紙」に対して、彼の著書『新約聖書』において、「ヤコブの手紙・・・・・・では、キリスト信仰はすっかり背後に退いており、この手紙はそもそも始めからキリスト教文書として記されたのであろうかと、質問を発することができるほどである」(『新約聖書』、ボルンカム著、佐竹明訳、新教出版社、197頁)と言い、さらに次のように批判している。

 

「信仰のみによる義認というパウロの教えを、通俗的に歪曲された形においてではあるが、前提している。……義認の問題に関し、ヤコブがパウロに対抗して、ユダヤ教的と言って差支えない立場を取っているという事実(信仰わざ)を、一切かえるものではない」(同、198頁)。

 

ボルンカムは、「信仰のみ」によって義とされるというパウロの言葉に対するヤコブの理解が「通俗的に歪曲された形」であると言うが、果たして、イエスがキリストであると信じる信仰に、「通俗的」であるか、ないか、などという教義学の入る余地があるのだろうか。

信仰義認に対する理解が、「ああでもない」、「こうでもない」ということ自体、すでに間違っている。

 

また、「行い」を説くヤコブがユダヤ教的立場であると言うが、イエス・キリストが「わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか」(ルカ、6・46)と言われた言葉をルカは記述しているが、この「行い」を強調するイエスの言葉も、ボルンカムによれば批判すべき「ユダヤ教的なもの」なのであろうか。

 

「ヤコブの手紙」に対するボルンカムのような〝福音主義神学〟の立場からの批判の淵源は、言うまでもなくルターにある。

 

これに対して、代表的なカトリック側からの反論をここで取り上げておこう。

 

「信仰による善業の必要を力説せるこの新約聖書の一篇を、ルターは軽んじて『わらの書簡』と名づけ、使徒の書にあらずと主張せりと伝えられる。公平無私の心をもって主イエズス御自身の御生涯を仰ぎ奉れば、かかる偏見は雲散霧消うんさんむしょうしたであろうに、ヤコボ(ヤコブ)の書簡は、よく神を愛するがためには、人をも愛せざるべからずとせる主の福音の実践を慫慂しょうようしたに過ぎない。しこうしてその活ける模範を、我等は主の御生涯において見出すのである。」(『カトリックの信仰』、岩下壮一著、講談社学術文庫、546頁)

 

「統一原理」も同様に、人類救済のために、全ての人が「イエスの路程」に倣って実践するように説いている。イエスの公生涯は、一口に言えば愛の実践(仕えること)であった。

ところで、福音主義は救いに関して、聖書を義認論の視点から見て、「奇蹟によって生まれ、人々の罪のために贖いの死を遂げ、墓よりよみがえった神の子」にしか関心を払っていない。それは、シュバイツァーが『イエス小伝』で言っているようにイエスの全生涯ではない。

 

ボルンカムの「ヤコブの手紙」に対する解釈は、福音主義の信仰義認という先入観から見た解釈である。それは、カトリック教会が批判しているところの典型的なプロテスタント神学の主観主義的曲解に相当する。

 

ギュンター・ボルンカムは、ブルトマンに師事したドイツの新約聖書の神学者であり、ハイデルベルグ大学の教授(1971年夏、定年退職)である。彼の『新約聖書』は在職中の最後の労作(1971年出版)と言われている。

 

(3)「霊的救いと肉的救い」(ローマ人への手紙、7・7-27)の解釈について

 

ギュンター・ボルンカムは、彼の著書『新約聖書』の中で、ローマ人への手紙7章7節から25節について、次のごとく述べている

 

「この個所では自分自身の失敗に終わった生涯の歴史を語っているのではなく、罪、律法、死の下にある一般人間のほろびについて、それもキリストの出来事の光の下で過去をふりかえって見るという仕方で、語っているのである」(『新約聖書』、ボルンカム著、新教出版社、142頁)という。また、次のようにも述べている。

 

「ローマ七・七-二五は、滅びの勢力に引き渡された人間の矛盾した状況を描いている」(同、178頁)

 

このように、ボルンカムは、パウロの指摘する心と体の葛藤する人間の状態(矛盾した状況)は救われたキリスト者の状態ではないと言うのである。すなわち、「罪と死の下」(サタンの主管の下)にある一般人間のほろびについて語っているというのである。当然、彼にとって、信仰義認による救済観は、救われたキリスト者はそのような矛盾した状態であるはずがないと考えて、そのように解釈せざるを得なかったのであろう。

 

しかし、さらに続けてローマ人への手紙八章を見るなら、ボルンカムの意図した理解と異なることが書かれてある。「キリストがあなたの内におられるなら、体は罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。」(ローマ、8・10)

 

このように、死(罪)と生(義)の自己矛盾の状態にあるとパウロはいうのである。体は「罪のゆえ死んでいても」とあるように、キリスト者の体は死んだ状態であるというのである。つまり、その状態において救われているということ、すなわち「罪あるまま義とされている」状態なのである。

このように、罪と死から解放された恵みの下にあるキリスト者は、矛盾した状態にあり、聖書にはボルンカムの意図する解釈と相違する聖句が多くあるのである。

 

繰り返して言えば、上述の聖句にあるごとく、キリスト者は「体は罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きている」とあるごとく、信仰義認は罪あるまま義とされているのであって、体は「あがなわれていない」ということである。つまり、信仰によって霊は神にあって生きているが、体は死の状態にあるということである。そして御霊みたま(聖霊)によって弱いからだを助けられながら、矛盾のあるままで霊の思いと肉の思いが対立(分裂)しながら義とされ、神の内に生きているのである。自己矛盾のこの状態を率直に告白して、パウロはさらに次のごとく述べている。

 

「御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」(ローマ、8・23)と。

 

この状態がイエスと御霊(聖霊)によって新生(重生じゅうせい)したキリスト者パウロ(最初の実)の姿なのである。ボルンカムは救いの完全な基準を知らないのである。信仰義認は、サタンの支配の下にある人間が、イエスをキリストと信じることによって霊的に解放されている状態なのである。

つまり、まだ完成して「完全な者」(マタイ5・48)になっていないので、完全に救われた状態ではないというのである。しかし、サタンの支配(罪と悪と死の恐怖)からの解放が、どれほどの恵みであることか、計り知れないのである。

 

ここまで聖書を見ると、つまりボルンカムのごとく七章で止まるのではなく八章まで読むならば、初臨時の救いと、再臨を待ち望む救いが何であるかが分ってくるのである。

すなわち、初臨時に信仰によって義とされた〝霊的救い〟が、再臨によって肉(体)があがなわれて〝霊肉両面の救い〟がなされ、神の子たる身分が授けられる完全な救いがなされるというのである。

 

ペテロ第一の手紙にも、次のごとく述べられている。

 

「この水はバプテスマを象徴するものであって、今やあなたがたをも救うのである。それは、イエス・キリストの復活によるのであって、からだの汚れを除くことではなく、明らかな良心を神に願い求めることである。」(ペテロⅠ、3・21)

 

罪に仕えていた人間が、信仰義認による恵みによって救われ、罪から解放されて、キリストの光の下で明らかな良心によって神に仕える者となるということである。しかし、「からだの汚れを除くことではなく」と明言している。「からだのあがなわれること」は、なお再臨を待たねばならないのである。

 

(4)「神の恵みと自由意志肯定論」について

 

自由意志論争は、AD411年ごろアウグスティヌスとペラギウスとの間に最初に展開された。アウグスティヌスは、自分の救いの体験より、「自分の力では罪の状態から抜け出られなかったし、自分が救われたのは<不可抗の恩恵>――抵抗できない神の全能の恵み――によると信じた」(『キリスト教組織神学事典』東京神学大学神学会編、教文館、178頁)。

 

このアウグスティヌスの神の恩恵による救いは、再び宗教改革者ルターによって取り上げられ、エラスムスとの間の自由意志論争となった。ルターは、自由意志を認めることは「キリストを空しくし、全聖書を全滅せしめるであろう」(『ルター』、松田智雄編、「奴隷的意志」より、中央公論社、249頁)と主張している。

 

カルヴァンも同じように自由意志を否定した。アウグスティヌス、ルター、カルヴァンたちが自由意志を否定したのは、「自由意志を肯定することにより、人間の救いが神の恵みと人間の自由意志による行為との協力となってしまい、神の恵み<のみ>によって救われるという救いの深い体験が看過されるのを、彼らが一様に恐れたからであった」(『キリスト教組織神学事典』179頁)というのである。

 

そして、その後、「アルミニウス、特にその弟子たちは、当時のカルヴァン主義者たちの二重予定論や不可抗の恩恵の主張に反対し、人間には神の恵みを受け入れたり退けたりする自由意志のあることを主張したが、彼らの意図は、救いが神の恵みのみによることを否定するところにはなかった。彼らは体験的に、神の恵みのみよって救われるということと、人間には神の恵みを受け入れたり退けたりする力があるということとが並存することを言った」(同、179頁)とし、カルヴァンの予定論における決定論は信者の体験に反すると主張したのである。

 

二重予定論とは、予定説とほとんど同じ意味であって、救われる者と救われない者が、神によってあらかじめ定められているという教説である。

 

アルミニウス主義の側に立つウエスレー兄弟について、野呂芳男氏は次のように述べている。

 

「カルヴァン主義者メソジストであったホイットフィールドに反対して、ウエスレー兄弟がアルミニウス主義に立ったのも、まったく同じ理由によったのである。当時のカルヴァン主義者たちにより、ウエスレーたちはローマ・カトリック主義に教会を売り渡すものであると非難されたが、カトリック主義的な自由意志の主張と異なる自由意志肯定が存在しうることに、カルヴァン主義者たちは気づいていなかった。

世界の教会の主張は19世紀以来、アルミニウス主義の人々やウエスレーの主張した仕方での自由意志を認めている。カトリック主義のように神の恵みと自由意志の行為との協力による救いでもなく、宗教改革者たちの奴隷的意志でもない道を教会はえらんできたし、今日の大勢もそうである。すなわち、神の恵みのみによる救いの体験が、それを受け入れたり退けたりする人間の自由と矛盾しないのである。」(『キリスト教組織神学事典』、野呂芳男、教文館、179頁)

 

バルトと自然神学論争をしたブルンナーは、「二つの啓示」(「キリストの啓示」と「自然を通しての啓示」)を主張し、「神のかたち」(言語受容能力と応答責任性)は形式的には罪によっても破壊されていないと言う。

応答責任性とは「人間の5%の責任分担」(自由意志の肯定)のことである。この主張は、上述の『事典』と同じ見解である。「キリストの啓示」、すなわち神の恵みのみによる救いの体験が、それを受け入れたり退けたりする「人間の自由」肯定論と矛盾しないというのである。

 

以上のごとく、神の恩寵と人間の自由意志は対立しないというのである。今日の大勢もそうであると言うのである。

このように、現在のキリスト教は、カトリックもプロテスタントも統一原理の予定論を受容する方向に進んでいるのである。

 

 

「主要な参考資料」

 

『ルター』松田智雄編、中央公論社

『エラスムス』斎藤美洲著、清水書院

『ルター』今井晋著、講談社

『宗教改革の精神』金子晴勇著、中公新書

『カトリックの信仰』岩下壮一著、講談社学術文庫

『ルター』小牧治・泉谷周三郎共著、清水書院

『ルターと宗教改革事典』日本ルーテル神学大学ルター研究所編、教文館

『キリスト教史』(5信仰分裂の時代)上智大学中世思想研究所編訳/監修、平凡社

『トマス・アクィナス』山田晶編、中央公論社

『キリスト教組織神学事典〈増補版〉』、東京神学大学神学会編、教文館

 

ルターと福音主義(6)

「原理的批評」

(1)「二つのプロセス」(新しい人間に再創造する過程)

 

選民について、次のような文鮮明師の御言みことばがある。

 

「今日、歴史的路程において最も重要なことは何かというと、選民圏が生じたということです。この時代になり、世界的途上において、蘇生、長成、完成の三段階の基盤を連結させようというのです。イスラエル民族は蘇生級、キリスト教は長成級、そして統一教会は完成級です。イスラエル圏を中心としたものが旧約時代ならば、キリスト教は新約時代であり、統一教会は成約時代です。」(八大教材・教本『天聖経』、「真の家庭と家庭盟誓」2259頁)

 

「ですから、何度も接ぎ木しなければなりません。それで旧約時代があり、新約時代があり、成約時代があります。二千年、二千年、そのように三度、接ぎ木したならば、その位置がどの時なのかという事実を知らなければなりません。」(「ファミリー」2006年2月号、第三十九回「真の神の日」の記念礼拝の御言、37頁)

 

このように文鮮明師(真のお父様)は「三度、接ぎ木したならば」と指摘し、その位置が、つまり現代が、「どの時なのか」という事実を知らなければならないと語っておられるのである。

 

完全な救いは再臨の時による。霊的救いは「信仰のみ」で「行い」を必要としないが、完全な霊・肉両面の救いは信仰だけによるのではない。「行い」も義とされなければならない。最後の審判においては、各自の「行い」が裁かれるのである。

 

救いの摂理に時間的プロセスがあり、初臨時に十字架による霊的救いが、再臨時に原罪清算されて〝小羊の婚姻〟による霊・肉両面の完全な救いがなされるのである。

聖書に対する解釈の対立・矛盾の主要な原因は、この二つのプロセスを認識しないところにある。

信仰義認論が完全な救いだと信じ、その立場から聖書を解釈すると、「信仰によって義とされる」という聖句に対立する聖句に出会う。そうすると、ルターのごとくヤコブの手紙を「藁(わら)の書簡」といって軽んじることになるのである。「聖書のみ」という自分の信条にも反する結果になってしまうのである。信仰義認論による聖書解釈が偏った主観主義に陥る危険性がここにあるのである。

 

(2)「霊の救いのみ」(霊・肉分離の状態)

 

イエス・キリストは結婚されなかったが、復活後、「霊的イエスと聖霊」(霊的な真の父母)となって信徒を霊的に重生じゅうせい(新生)し、霊的な家庭(教会=共同体)をつくったのである。

 

完全な人間とはイエスのごとく「心」と「体」が一体である。信仰義認による霊的な重生(新生)は、心と体の分離状態であって霊だけの自由であり、肉はいまだ罪の支配の下にあり、「完全な救い」の状態ではない。先に取り挙げたが、パウロは「御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。」(ローマ、8・23)と述べている。また、ペテロの第一の手紙には「からだの汚れを除くことではなく」(ペテロⅠ、3・21)と記述されている。

 

このように、イエスと御霊(聖霊)によって重生(新生)したキリスト者は、「心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである」(ローマ、7・25)とあるように、自己矛盾の状態にあるのである。言い換えると、霊的に救われているが、からだのあがなわれることを待ち望んでいる状態で、霊肉両面において完全に救われた状態ではないのである。

 

パウロの研究によって、ルターは彼の著『キリスト者の自由』の中で、霊と肉の「二つの原則」を述べ、霊(心)の義と自由のみを説き、身体の善行を無益だと言い、「霊肉分離」のままの状態で義とさる十字架の恵み(霊的救い)を説いているのである。

 

キリスト者の自己矛盾について、ルターは『キリスト者の自由』の中で次のように述べている。

 

「相反する二原則……どのキリスト者も霊と肉という二種類の性質を持つ……霊の面から見れば、彼は霊的な新しい、内なる人と呼ばれ、肉の面から見れば、身体に属する、古い、外なる人と呼ばれる。」(『ルター』、松田智雄編、中央公論社、53頁)

 

このように、「内と外」、「霊と肉」、「新と旧」の矛盾をもつ存在がキリスト者である。肉体は古いままで罪の中にあるが、信仰によって罪あるまま義とされ、この矛盾のある状態で救われているというのである。

つまり、この救いの状態は、心は罪から解放されている状態ではあるが、まだ体のあがなわれることを待ち望まなければならない状態なのである。したがってキリスト者は、肉体は罪の律法に仕え、心に戦いをいどんでくる状態なのである、すなわち心と体の分裂状態なのである。

 

この点をさらにルターの言葉で検証してみよう。

 

「ローマ書七章やガラテア書五章でパウロが、聖徒や敬虔な人々において、霊と肉との戦いはまことに激しく、霊肉のいずれかがおのれの欲するところをなしえないほどである、と教えていることをさしている。

この事実から私は、もし人間の本性が、み霊によって再生させられた人々においても、善に向かって努力しないばかりか、かえって善に対して反発し逆らうほど悪であるとすれば、いまだ再生もしておらず、ふるき人としてサタンのもとに仕えている人においては、どうして善へと努力するであろうか、と断定したのである。」(『ルター』松田智雄編、中央公論社「奴隷的意志」、252頁)

 

このようにルターは、「み霊によって再生させられた人々においても、善に向かって努力しないばかりか、かえって善に対して反発し逆らうほど悪である」と言う。

この文章は、「恵み」(十字架の救い)が「霊的な救い」であって、み霊(聖霊)によって「再生」したキリスト者ですら霊と肉が熾烈に戦っているというキリスト者の実存(自己矛盾の状態)を率直に認めたものなのである。

 

統一教会に反対する一部の牧師は、ローマ書(7・22~23、7・25)のパウロの「心と体の葛藤」について、罪、律法、死の下にある一般人間のほろびについて、それもキリストの出来事の光の下で過去をふりかえって見るという仕方で、語っているのであるといい、「統一原理」の聖書解釈は間違っている、聖書を自分の都合のよいように引用し、解釈していると批判する。しかし、パウロはローマ書8章23節で、「御霊(聖霊)の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、……からだのあがなわれることを待ち望んでいる。」と言っているのである。パウロの見解と上述のルターの見解は一致している。

この聖句を反対派牧師らは曲解しているのである。彼らこそ、聖書を自分の都合のよいように引用し、偏った聖書解釈をしているのである。

信仰義認論を説く本家本元であるルターが、上述のごとく「統一原理」と同じ聖書解釈をし、救われた後のキリスト者、すなわち聖徒や敬虔な人々の霊肉分離とその激しい葛藤を述べているのである。

 

ところで、ルターはこの肉から出てくる「悪い欲望」(邪心)を抑えるために、断食や労働などの「行い」の必要性を消極的ではあるが、次のように説かざるを得なかったのである。

 

「行ないは、ただ身体が従順になり、悪い欲望から清められ、また目が悪い欲望に向かうのはただそれらを追い出すためという考えでなされなければならない……自分のわがままな心を抑えるために、身体が必要と思うだけ断食し、徹夜し、労働すればよいからである。」(同、67-68頁)

 

このように、「わがままな心を抑える」ために、信仰だけでなく行いが必要であることを説いている。それは肉を打つことによって邪心を弱らせ、本心(神に向かう心)の志向する目的に体を従わせようとするために他ならない。

 

統一原理の創造原理で説いているように、霊の浄化と悪化は、肉体の「行い」(善行か、悪行か)によることをルターは知らないのかもしれないが、『キリスト者の自由』の中で、「悪い欲望」を抑えるために、身体が必要と思うだけ「行い」を実践するように説いていることは原理的であると言えよう。

 

(3)「結婚」について 

 

結婚について、修道士の独身制は、ローマカトリック教会とルターの論争点の一つである。カトリックでは、聖職者に結婚を禁じているが、祭司や修道僧であった〝宗教改革者〟たちはほとんどみな結婚したのである。

 

ルターは、「結婚に独身や修道生活よりもより大きな価値を認めた」(『ルターと宗教改革事典』教文館、111頁)のである。

 

1525年6月、ルター(42才)はカタリナ・フォン・ボラ(26才)と結婚した。結婚した理由は、「結婚が神のおきてであり、司祭や修道士の結婚が正当である」(『ルター』小牧治・泉谷周三郎共著、清水書院、99頁)と主張し、「両親を喜ばせること、教皇と悪魔とを困らせること」(同、100頁)と述べている。しかし、ルターは平和で敬虔な家庭を作った。それはプロテスタントの家庭生活の模範となった。

 

さらに、ルターは次のように述べている。

 

「わたしは全世界のすべての教皇の神学者よりも富んでいる。なぜなら、わたしは満ち足り、そのうえ結婚によってすでに三人の子どもを与えられたが、教皇の神学者たちは子どもを与えられていないからである」(『ルター自伝』藤田孫太郎編訳、新教新書、111頁、『ルター』小牧治・泉谷周三郎共著、清水書院、101頁)と。

 

一夫一妻制の結婚は「創造の秩序」と呼ばれた。家庭が近代市民社会の基盤となった。ただし、その結婚の原理的な意義と価値については誰も明らかにしていない。それは再臨のメシヤ以外に解きえない問題なのである。

 

キリスト者の最大の願いは祝福結婚によって「14万4千」(最初の復活)に参与することにある。現代までローマ教会の聖職者は独身を守ってきたが、それは再臨のキリストに出会い、天の初穂として選ばれることに他ならない。

 

ローマ法王を中心とするカトリックの聖職者や、すでに結婚しているプロテスタントの牧師らも、再臨主(真の父母様)に祝福されて原罪清算し、サタンの支配から解放・釈放されて「神の下の一家族」となり、地上天国と天上天国を創建し、世界平和を実現することに参与すべきなのである。

 

4)「救いの客観的な定義」(四大心情圏と三大王権)

 

ところで、ルターが、「身体が必要と思うだけ断食し、徹夜し、労働すればよい」と「行い」を説いたが、この労働や清貧の倫理に対して、カルヴァンは、さらに徹底した貯蓄・禁欲・勤勉の精神(労働観)を説いたのである。

 

マックス・ウェーバーによると、このプロテスタントの倫理(世俗内禁欲)が資本主義社会を形成し、発展させる原動力となったというのである。カルヴァンの思想が近代市民社会の形成に寄与したということである。

 

カルヴァンは、ルター以上に積極的に「業」(「行い」)を肯定し、職業を神の召命として受けとった。事業の成功者は、内的に信仰と聖霊によって新生(重生)した者の外的な救いの「しるし」であるというのである。「神の救い」(予定)の中に自己が選ばれた者として、如何に自覚するのか、その確証がない。その「しるし」を「行い」の結果によって見ようとしたのである。

 

だが、「行いの結果」と言っても、やはり救いに対する客観的な絶対的な判断の基準がなく、依然として主観的で、漠然としており、単なる確信(思いこみ)にすぎない。経済的に豊かなものが救われた状態で、貧困は救われていない状態であると断言できるのであろうか。

それでは、完全な救いとは、どのような状態をいうのであろうか。完全な救いの位置と状態を客観的に定義しなければ、予定論で絶望したルターのごとき「心の不安」は、いつまで経っても解消することはないのである。

 

ルターは信仰義認で救われていると言うが、信仰によって義とされることで救いが完成したのではなく、罪から霊的に解放されて完全な救いを目指して信仰の旅路を出発したに過ぎないのである。「その終極は永遠のいのちである」(ローマ、6・22)とあるが、「永遠のいのち」(永生すること)とは、神の真の愛の圏内(天国、新エデンの園)に入ることである。

 

それでは、いかにして神の愛と人間の愛が一体化して神の真の愛の圏内に入るのであろうか。

 

完全な救いとは、既存神学がいうように、神と人との個人的な人格的関係に止まることではない。再臨のメシヤによって原罪清算して、神の完全な愛を完全に体得して「完全な者」(マタイ5・48)となり、天国に入籍することである。

 

どうすれば「愛の完成者」(完全な者)になるのであろうか。愛は一人で現れない。文鮮明師は、愛は必ず相対から現れると述べておられるのである。

神の似姿として造られた人間は、孤立して存在するのではなく、アダムとエバに区別され、関係存在として造られている。アダムは他者(エバ)のために存在しているのであり、エバも他者(アダム)のために存在しているのである。したがって、神によってアダムは隣人愛を実践しなければならない関係存在として造られているのである。エバも同様である。人間は一人で存在するのではなく、隣人愛を実践する社会的存在として造られているということである。

 

文鮮明師は、天国は一人で行くところではなく、二人で行くところであると言われている。言い換えると、天国とは、完成したアダム(男性)とエバ(女性)が神によって祝福されて結婚し、夫婦となり、真の家庭を形成し、心身統一、夫婦統一、親子の統一を成して、神の愛を完全に体得(体恤)して行くところなのである。

 

したがって天国とは、完成したアダムとエバが真の神によって祝福されて結婚し、真の父母となり、真の家庭を形成して、氏族、民族、国家、世界、天宙へと、真の神の真の愛を中心として、真の家庭が繁殖した世界のことを言うのである。

 

文鮮明師は、真の神の本質は愛(心情)であると言われている。しかし、愛とは何か、愛は目に見えない。形がなく無形である。しかし、誰もが愛は存在すると言うのであるが、これまで愛は概念的に表現できないと言われてきた。それでは、一体どのように愛を論証し、認識可能にするのであろうか。

 

文鮮明師(真のお父様)は下記のごとく、神の真の愛を「四大心情圏」として概念的に論述し、原理的な結婚の意義と価値を次のように解明している。

 

「本来、神様の本然的な真の愛、真の生命、そして真の血統で連結された真の家庭の中で、祖父母、父母、孫、孫娘を中心として、三代の純潔な血統を立て、父母の心情、夫婦の心情、子女の心情、兄弟姉妹の心情を完成するときに、これを総称して四大心情圏の完成と言います。ここにおいて、父子間の愛は、上下の関係を捜し立てる縦的な関係であり、夫婦間の愛は、左右が一つとなって決定される横的な関係であり、兄弟間において与えて受ける愛は、前後の関係として代表されるのです。

このように、観念的で所望としてだけ残る夢ではなく、神様の創造理想が家庭単位に、真の血統を中心として、四大心情圏の完成とともに実体的な完成をする。」(「ファミリー」2004年、5月号、「平和王国時代宣布」9頁、2004年3月23日、米国ワシントンDC連邦議会上院)

 

また、「四大心情圏」と「三大王権」について次のように述べられている。

 

「エデンの園のアダム家庭は、神様が理想とされた真の家庭の典型でした。無形で存在された神様の存在を実体で現すための四位基台の創造でした。

創造主であられる神様は、主体の位置で人間を対象の位置に創造され、神様の心の中だけに存在していた無形の子女、無形の兄弟、無形の夫婦、無形の父母を、アダムとエバの創造を通して、実体として完成しようとされたのです。

アダム家庭を中心として、実体の子女としての真の愛の完成、実体の兄弟としての真の愛の完成実体の夫婦としての真の愛の完成、そして実体の父母としての真の愛の理想完成を成し遂げ、無限の喜びを感じようとされたのです。

したがって、真の家族主義の核心は、人間関係の最も根幹となり、真の家庭を成すにおいて、絶対必要条件となる「四大心情圏」の完成と「三大王権」の完成です。

四大心情圏とは、子女の心情圏、兄弟の心情圏、夫婦の心情圏、父母の心情圏を言います。

皆様、人間は、この地上にだれかの子女として生まれ、兄弟姉妹の関係を結びながら成長し、結婚して夫婦となり、子女を生むことによって父母となる過程を経ていくようになっています。したがって四大心情圏と三大王権の完成は、家庭の枠の中で成し遂げることができるように創造されています。」(「ファミリー」2005年、6月号、第46回「真の父母の日記念礼拝の御言」37頁、八大教材・教本『天聖経』「真の家庭と家庭盟誓」2336頁参照)

 

また、次のように簡潔に述べておられる。

 

「四大心情圏は、夫婦によって愛の一体をなしたところで結実し、三大王権は、アダムとエバが息子、娘を生むことによってはじめて完成する。」(八大教材・教本『天聖経』「真の家庭と家庭盟誓」1342頁)

 

次の御言は、人間の完成点について明確に語られたもので、結婚による「初愛の結合」(定着点)に関するものである。

 

「四大心情圏を知っているでしょう? 結婚する瞬間、初愛が結ばれるその瞬間は、息子、娘の完成であり、兄弟の完成であり、夫婦の完成であり、未来の父母の完成です。四大心情圏完成の焦点となっているのです。」(八大教材・教本『天聖経』「真の家庭と家庭盟誓」2336頁。分冊『真の家庭と家庭盟誓』、光言社、176頁)

 

また、結婚に関する原理的な意義と価値について、次のように述べておられる。

 

「完成基準(神の直接主管圏)に立った『初愛の結合』は、四大心情(子女の心情、兄弟姉妹の心情、夫婦の心情、父母の心情)が完成していく定着地となります(『一点で結実完成する』)。完成したアダムとエバの結婚式は、神様ご自身の結婚式です。」(『続・誤りを正す』、世界基督教統一神霊協会、67-68頁)

 

このように、文鮮明師は「四大心情圏はいつ完成するのでしょうか。……それは結婚する時です」(八大教材・教本『天聖経』2340頁) と語っておられるのである。

 

以上のように、文鮮明師(再臨のメシヤ)は、真の家庭の中で神の真の愛を経験され、その「経験内容」(愛)を科学的に分析し、概念的に「四大心情圏」と「三大王権」として解明されたのである。言い換えると、文鮮明師は四大心情圏と三大王権として、神の真の愛とは、何であるかを、万人に認識可能なものとして解明されたのである。救いの客観的な基準とは、この四大心情圏を完成し、三大王権を完成することに他ならない。

 

上述のごとく、父子間の愛は上下の関係、夫婦間の愛は左右、兄弟間の愛は前後の関係なのである。この家庭の枠の中での真の愛の秩序は「創造の秩序」であり、「家庭の原理」(規範)なのである。文鮮明師は、上下・左右・前後の愛が「一点を中心として完全に一つになるとき、理想的な球形を造る」(『祝福家庭と理想天国(Ⅰ)』、49頁)と語っておられるのである。

 

この「愛の秩序」の球形運動は宇宙の球形運動と一致する。カルヴァンが言うごとく、「家庭の原理」(規範)は自然の「存在の原理」(規範)と一致するのである。この創造本然の「家庭の原理」(家庭の倫理)が天国の原型なのである。

 

カルヴァンの『キリスト教綱要』でいう自然とは、現代人の自然科学的な自然観ではない。存在が規範であるというのである。『原理講論』の宇宙観と一致する。

ブルンナーは「カルヴァンにおいては、自然は存在の規範という概念と同様のものである」(『カール・バルト著作集2』、ブルンナー著『自然と恩寵』より、新教出版社、155頁)といい、「カルヴァン的な倫理は、創造の秩序の概念なしには全く考えられない」(同、158頁) と述べている。また彼は、「正しい自然倫理(ethica naturalis)は自然神学と同様、ただキリストにあってのみ完成される」(同、161頁)と述べている。

 

以上のように、文鮮明師(真のお父様)は、神の心情(真の愛)を真の家庭の枠の中で誰でも体験(体恤たいじゅつ)できると説かれているのである。これは驚くべき内容である。真の神と罪人とは天地の差があるというのに、これが真実であれば、われわれは祝福家庭の意義と価値を再認識しなければならない。

 

また、文鮮明師は、次のように言われている。

 

「皆さん夫婦は四大心情圏、三大王権を成しとげなければなりません。そのようになれば、霊界から地上まで、いつでも思いのままに往来することができるのです。」(八大教材・教本『天聖経』、「真の家庭と家庭盟誓」2342頁)

また、統一原理には「創造目的を完成した人間は、神を中心として、常に球形運動の生活をする立体的な存在であるので、結局、無形世界までも主管するようになるのである。」(『原理講論』57頁)と述べられている。

 

このように真の家庭における「愛の秩序」(球形運動)の完成は無形世界までも主管できるというのである。

 

次の御言には、家庭が天国の土台であると言われている。

 

「本然の真の理想家庭を通して、真の国、真の世界、真の天国が建設されます。家庭における真の父母を中心とする四大心情圏と三代王権の基盤が天一国の土台になるのです。」(天一国経典『天聖経』、「平和メッセージ」1420-1421頁)

 

このように、家庭の倫理(愛の秩序)が社会の倫理であり、国家の倫理なのである。

 

今までの神学のような「おぼろげな神」でなく、文鮮明師の御言によって、真の家庭の中で「神が人と共に住み」(ヨハネの黙示録、21・3)、「顔と顔を合わせて見る」(コリントⅠ、13・12)ごとく、鮮明に神認識が可能となると言うのである。今まで神学はイエスが結婚されなかったので、家庭の規範を解きえなかった。それで家庭の意義と価値がわからなかった。しかし、再臨のメシヤの説く「真の家庭の規範」(真の愛の秩序)が、今まで神学者が解こうとしても解きえなかった「真の家庭の倫理」であり、「創造の秩序」なのである。この真の神の「真の愛の秩序」(家庭の倫理)が天国の基礎となのである。この真理によってこそ天国が創建され、世界平和が実現していくのである。

 

心情圏(愛)の完成は重要なので、繰り返して言うなら、四大心情圏と三大王権は救いの客観的な絶対的基準なのである。したがって、ルターの苦悩、すなわち、救われているのか、救われていないのか、分からない、という予定論による「心の不安」は、これで解消され、救われたと思いこむ主観主義も、これで克服されるのである。

 

ルターと福音主義(5)

(六)「カトリックの反論」

 

ここで、プロテスタントに対するカトリック側からの反論について述べておかねばならない。

 

(1)「福音主義は粗野な主観主義にすぎない」

 

カトリック側は、ルターが「伝承(聖伝せいでん)」を否定し「聖書のみ」(聖書主義)を主張する〝福音主義〟は、「仮面をげば結局主観主義の粗野そやな哲学にすぎない」(『カトリックの信仰』、岩下壮一著、講談社学術文庫、645頁)と批判する。

 

つまり、宗教改革の当初からこの主観主義の混乱があり、自己の聖書解釈をもってカトリックの伝統に代え、己の個人的権威を法王とカトリックの教権とに替えたと批判するのである。

 

また、岩下壮一氏は「ローマ法王の権威にかえうるに幾多の小法王の権威をもってし、世界的大教会の教権のかわりに群小教会の教権を樹立する滑稽こっけいな立場に陥る事になる」(同、394頁)と批判する。そして、個人主義の行きつくところは、独裁専制であるというのである。

 

これに対して、カトリックは聖伝と教会法によって限定された言わば立憲的なものであると次のように述べている。

 

「プロテスタント教会の実状は……信者はやはり牧師のおしえる所に従い、長老は事実教会を統率とうそつしているのではあるまいか。しこうしてローマ法王の権威や世界的教会の教権は、外部より規定し得ざる個人の体験のごとき独断的なものではなく、聖伝と教会法によって明らかに限定された言わば立憲的なものであるに反し、小法王等の権威と群小教会の教権に至っては、全然暴君の独裁専制にまで堕落し得るものである。」(同、394-395頁)

 

「伝承(聖伝)」に関しては、原始教会内で最初の福音書の著述に先立って、既に使徒たちによって説かれていたものであると、次のごとく述べている。

「聖書だけを採用して、聖書の基礎となった聖伝を捨つるに至っては、最も滑稽こっけいである。

キリスト教の信仰が原始教会内における最初の著述に先立って既に説かれたのは、疑う余地もなき明白な事実で、新約聖書自身がそれを証している。福音書は使徒等のキリストの生涯と奇蹟きせきと教訓とについての説教の一部を書いたものに過ぎず、かつ、これ等の事蹟は、文字に書き表さるる以前に一定の解釈を附されていた。そうしてその解釈は使徒の権威によって真なるものとして教えられ、かつ、受容うけいれられていたことは、彼等の書簡がまた明らかに示している」(同、395頁)と。

 

例えば、「テサロニケ後書中にも『我等の福音』と言い、「兄弟等よ、毅然きぜんとして我等のあるいは談話、あるいは書簡によりて習いしつたえを守れ」(第2章14)と戒めているが、その福音と伝の内容に至っては、もちろん世の終りに関する僅少きんしょうの事のほか、この短き書簡には何事も物語られていない。聖伝を認めずして、いかにしてこれ等の態度や事実が説明し得られようか。」(同、396頁)と述べている。

 

「使徒伝承」は「聖書」として文章化される以前に、生きた活動の形態で伝えられていたというのである。

 

以上が、カトリック側から見た「伝承(聖伝)」と「聖書」あるいは「教権」批判に対する反論である。

 

(2)「十二使徒団と教権」(ペテロに鍵を渡す)

 

キリストがその生存中、弟子の中から使徒となるべき人物を選び、育て、ご自分の使命が何なのか、ご自分の真意がどこにあるのかを言葉で、あるいは親しく交わり、あるいは行動の模範をもって教えられたのは事実である。

 

また、ペテロを中心とする12使徒団は、イエスの教えを他の人びとに伝える使命を受け、「彼らは宣教活動をもって、また殉教において頂点に達する生活態度と、礼拝などの共同で行う宗教生活上の諸制度をもって、またその啓示を文書化することによって、その使命を果たした。この十二使徒たちの指導下にある共同体の生命が『使徒伝承』である」(『私たちにとって聖書とは何なのか』、和田幹男著、女子パウロ会、78頁)ということである。

 

この使徒たちの後継者が司教と言われ、ペテロを中心とした全世界の司教団が受け継いでいると言うのである。これが、ペテロから継承した法王の特権と言われるものであり、「教会の教権」(教会伝承による)と「位階制」の出発点であるということになる。

 

だが、この「伝承」と「聖書」は、「教会が顔と顔をあわせてあるがままの神に相まみえるに至るまで」(同、76頁)、すなわち〝終末〟まで地上を旅するものなのであるというのである。

そして、メシヤに再会すれば、そこで一切が終焉しゅうえんするということ、そして再臨主との出会いから、主にならい、新しい生活が始まるということを意味する。つまり、救いのための「宗教生活上の諸制度」(礼拝、断食、巡礼、贖宥しょくゆうなど)が、全面的に見なおされ、新しく変わるというのである。

 

(3)「信仰のみと教義の矛盾」

 

ところで、誰しも〝信仰義認論〟に対して素朴に疑問をいだくことではあるが、信仰が全く真理の承認と無関係な事柄であるならば、教義的問題などはどうでもよいはずである。

しかし、はたしてそうであろうか。この問題に関するカトリック側の次の批判は傾聴に値する。

 

「直接的救済は、必ず彼等の有する恩寵おんちょうや神の前における義、又は予定説プレデスチネーションの観念によって説明される。これは体験的プロテスタンチズムに内在する矛盾に基づくのであって、いくら信仰は真理の承認ではなく神への人格的信頼だとか、愛の関係(智的要素を除外せる人格的関係もあり得ると見える)であると定義しても、少なくともその体験する神とは何ぞや、キリストはいかなる方か、神の前における我は何者か等の教義的背景なしに、上述の関係が成立するはずはない」(『カトリックの信仰』、岩下壮一著、講談社学術文庫、642頁)と。

 

常々、われわれが信仰義認論に対して抱く一つの疑問(信仰と教義の関係)について、明確な見解が上述の文章の中にある。

 

 

(七)「信仰義認論の限界と再臨」

 

信仰義認は、霊的救いであって完全に救われた状態ではないのである。霊的救いの状態(信仰義認)で完全に救われているというのは主観的な思い込みであって、完全な救いへの途上なのである。霊肉の完全な救いは、再臨による。

 

(1)「最後の審判」(行いの審判)

 

イエスの「十字架の死」を贖罪と信じる信仰によって義とされ、救われているということと、再臨による「完全な救い」(小羊の婚姻)との間には、いかなる関係があるのであろうか。

十字架によってすでに救われているにもかかわらず、なお救い主(再臨)を待たねばならないなら、それでは〝信仰義認〟とは如何なる救いなのか。それ自体で完全な救いではないのであろうか。われわれはこれらの問題を徹底的に究明せざるを得ないのである。

 

聖書には、ルターが強調するごとく、「信仰によって義とされる」(ローマ10・4、ガラテヤ3・24)という聖句があるが、他方で、それと全く対立する「人が義とされるのは、行ないによるのであって、信仰だけによるのではない」(ヤコブの手紙、2・24)という聖句もある。

 

〝聖書のみ〟と主張する人が、これら二つの一方のみを取り上げて、他方を否定するのは如何なものか、と考えざるを得ない。

 

エラスムスは、「聖書」が「聖霊に鼓吹こすいされて書かれている以上、自己矛盾をおかすはずもないのだから、その両者を慎重に読み合わせなくてはなるまい」(『エラスムス』、斎藤美洲著、清水書院、142頁)と言っていたが、そこに真理に至る着眼点があるのではなかろうか。

 

世の終わりには、「行い」に応じて審判されると、聖書は次のごとく述べている。

「わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである」(コリント人への第二の手紙、5・10)。

 

また、「ルカ福音書」には、「わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか」(ルカ、6・46)と記述されている。

 

このように、ルターのいうごとく、信じるだけで十分であるとは断言できない。「信じて行え」ということであろうか。

ただし、その際、福音では内的動機が問題とされる。「行い」の根柢こんていにキリストと一体となった真の愛が動機としてなければならない。そうでなければ、「行い」は形式的な律法主義となってしまうのである。

 

このように、二つの対立する聖句の一方を肯定し、他方を否定することではなく、双方の肯定であり、その両者の統一が「両者の慎重な読み合わせ」に他ならない。そこに真理があるといえよう。

 

バルトも、ルターと同様に、神や人間や罪について、キリストを抜きにして、神が人となったイエス・キリスト以外のところで何も語れないと言い、救いにおいて、「人間が自分自身からしては自分の救いのためには何もなしえない」(『カール・バルト著作集2』「ナイン!」195頁)といって人間的な努力や行いを否定する。

しかし、先に述べたごとく、信仰と行いは対立するのではなく、聖書は聖霊に鼓吹されて書かれているので、愛によって統一するように、整合性があるように解釈することが求められるのである。

 

ルターの説くキリストの十字架による贖罪は、「霊的救い」なのである。

したがって、信仰義認は「罪人にして義人」と認められること、つまり十字架による贖罪は神の義との和解であって、それは肢体にある「罪の法則」(ローマ、7・23)から解放されたのではない。罪のあるまま〝義〟と認められる「恵み」なのである。しかし、未だ完全な人となっていない。「完全な救い」は再臨を待たねばならないのである。

 

十字架による救いについて、パウロは次のように述べている。

御霊みたまの最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。わたしたちは、この望みによって救われているのである。」(ローマ、8・23-24)

 

このように十字架による贖罪によって救われた「御霊(聖霊)の最初の実」であるパウロですら、「からだのあがなわれること」を待ち望んでいるのである。

そして、彼は「この望みによって救われているのである」と述べている。「この望み」とは、すなわち、「霊的救い」だけでなく、「肉的救い」(からだのあがなわれること)をもたらす再臨のメシヤを待つ望みのことである。

 

原理的に言い換えると、長成期完成級でメシヤに出会い、再臨のメシヤによる〝祝福〟によって原罪清算する望みのことである。パウロはこの望みによって救われていると述べているのである。

 

ちなみにパネンベルクは「死人の復活」について次のように述べている。

 

「パウロにとって、復活とは新しいからだの新しい生命を意味したのであって、まだ腐敗していない死体が生き返ることではない。パウロは手紙の中で、死人から復活させられた者の〈からだ〉がどういう性質のものであるかという問題を印象的に取り上げている(Ⅰコリント15・35-56)。パウロにとって、将来の〈からだ〉は現在の〈からだ〉と異質のものであり、肉のからだではなく、彼のいうように『霊のからだ』であるということは自明のことなのである。」(W・パネンベルク著『キリスト論要綱』、新教出版社、78頁)

 

このように、イエスの復活後、『原理講論』(266頁)で述べているごとく、「霊的イエスと聖霊」(霊的な真の父母)によって信徒を霊的に新生(重生じゅうせい)するのである。

この『原理講論』の「霊的救い」とパネンベルクの主張とは一致している。

 

ルターと福音主義(4)

(五)「恩恵と自由意志」(自由意志論争)

 

1517年10月31日、ヴィッテンベルク城教会の扉に、ルターによってラテン語で「贖宥の効力についての九十五ヵ条の堤題(テーゼ)」が貼りつけられた。学者たちが討論するためにテーゼをラテン語で公表するのは、中世以来の慣行であった。

このラテン語の「堤題」は、ただちにドイツ語に訳され、まるで天使が伝達者であるかのごとくに、わずか2週間でドイツ全土に、4週間で全ヨーロッパに広まり、学者間の討議を求めたルターの当初の意図を越えて、さらに大きな反響を呼ぶに至ったのである。そして、これを発端として〝宗教改革運動〟が勃発するのである。

 

宗教改革は、「エラスムスが卵を産み、ルターがそれを孵化ふかした」と言われている。

しかし、エラスムスは、後にルターに対する最大の論敵となるのである。

 

人本主義は、人間の自由を束縛そくばくする形式的な宗教的儀式や規範に反抗し、人間の自主性を蹂躪じゅうりんする封建的階級制度や法王権にも反抗するようになった。すなわち、知性と理性を無視してなにごとにおいても法王に隷属れいぞくしなければ解決しないというような固陋ころうな信仰生活に反発して、自然と現実と科学を無視する遁世とんせい的・他界的・禁欲的な信仰態度を排撃するようになっていった。

しかし、〝神本主義〟は、人本主義のような本心の外的な追求だけでなく、本心の内的な欲望をも追及するようになっていくのである。このように人本主義(ルネッサンス)は、宗教改革に大きな影響を与えたのである(『原理講論』「宗教改革期」510-518頁を参照)。

 

デジデリウス・エラスムス(1466-1536)といえば、一般的に偉大なヒューマニストとして知られ、彼の著書『痴愚神ちぐしん礼讃らいさん』は、ヨーロッパ全土を爆笑の渦にまきこんだ不朽の名作である。また、ルターの宗教改革の前年の1516年には、ギリシャ語の新約聖書(新約聖書のラテン語・ギリシャ語対訳『校訂版・新約聖書』)を出版し、彼はその名声を不動のものとした。

エラスムスの神学思想は、一口に言って、教父きょうふたちがそうであったように、古典主義と聖書研究に基づくキリスト教との統一にある。当時の彼に対する人物評価は、彼ほどギリシャ語・ラテン語の古典の教養を身につけていた人はいないともいわれ、また彼は〝教父学〟の一大権威でもあった。

 

ところで、彼は、ルターの「九十五ヵ条の堤題」に対しては、全面的ではないが、賛意を表明していた。しかし、エラスムスは、教会の道徳や規律の改革運動には好意的であったが、その騒動には巻き込まれたくなかったのである。

ところが、当時の社会情勢は、彼に〝傍観者〟たることを許さず、反ルターを表明する何かを書くようにと、「高貴な人たち」(ヘンリー八世、ザクセンのゲオルク公、ローマ教皇など)からの圧力がかかった。それで避けることができず、エラスムスはルターと論戦する羽目になる。

 

1524年9月、エラスムスは『評論・自由意志』を出版し、「自由意志にはなんらかの力がある」とこれを肯定する。これに対して、ルターは『奴隷的意志』(1525年12月)を書いて反論し、「人間始祖アダムとエバの堕落以後は、人間における選択の自由とは名のみの存在にすぎない」と主張し、人間の意志決定の力は自由自在ではなく、奴隷的であるとして、これを否定した。

 

この両者の論争の中心点はどこにあるかと言えば、すでに論述してきたごとく「信仰」と「行い」、「恩恵」と「自由意志」の問題であり、その双方の対立か、協働きょうどうか、にある。

 

(A)「ルターに対する反論」(エラスムス著『評論・自由意志』より)

 

第一に、エラスムスは、「一つの意見を固執こしつするあまり、それと異なる意見はいっさいこれを許さないという性向は、正直のところ自分の好むところではない」(『エラスムス』、斎藤美洲著、清水書院、140-141頁)と言う。

 

第二に、「ルターは聖書のほかには権威ある根拠をいっさい認めない」と言って、「古来意志の自由を認める圧倒的多数の哲学者、教父たちの所説は不問に付す」が、「それではいったい聖書の述べるところを人が理解し解釈する場合、その正否の基準を何に求めるのか」(同、141-142頁)と問う。

 

第三に、ルター派の人たちが、正否の基準を「その人に宿る聖霊の有無である」(同、142頁)と言うのに対して、「それならば、数名の人びとが相異なる解釈を提出して、おのおのがわれに聖霊ありと主張したならば、どうすればよいのか」(同、142頁)と問題を提起する。

 

第四に、自由意志の問題についてはローマ教会も古来の教父たちも誤りをおかしたことになるならば、「聖霊は1300年の長きにわたって、それをあえて見すごしてこられたのであろうか」(同、142頁)と問題を提起して、ルターの批判は短絡的であると指摘する。

 

第五に、「聖書の中には意志の自由を認める章句が数多くみられる反面、それを否定するかのように思われる章句も若干ある。しかし聖霊に鼓吹こすいされて書かれている以上、自己矛盾をおかすはずもないのだから、その両者を慎重に読み合わせなくてはなるまい」(同、142頁)と述べて、ルターの一面性を指摘する。

 

第六に、エラスムスは、「自由意志は原罪のために傷つけられてはいるが、全く滅びたわけではない。それは一種の麻痺まひにかかり、神の恩寵を受けるまでは善よりは悪に傾きがちだが、全く働かなくなったわけではない」(同、143頁)と言う。

 

第七に、「もしも人の思いなおしがその意志によらずに、すべてがある必然によって神の手で果たされるものならば、何故に人は悔い改めるための猶予ゆうよを与えられたのであろうか」(同、143頁)と問題点を指摘する。

全知全能である神であるならば、なぜ罪悪歴史をこのように長く放置されるのか。すぐに人間を救済し、天国を実現することができるのではないか、という問題がある。

原理的に見れば、神の上よりの一方的な「恵み」だけでなく、人間の5%の責任分担(悔い改めるための猶予)があるのではないかという意味である。

 

第八に、「自由意志をまったく否定し、万事が必然性によって生ずるならば、あるいは人間は神の単なる道具にすぎないならば、聖書のなかの多くの勧告、命令、非難、要求はまったく意味のないものになってしまう」(『ルター』、小牧治・泉谷周三郎共著、清水書院、185頁)と述べて、ルターが聖書を用いて人間の自由意志による「応答責任性」を否定するその聖書解釈(信仰義認論)の誤りを指摘する。

 

エラスムスの「恩恵」と「自由意志」の関わり合いの統一的な理解は、次のたとえ話に明言されている。

「……恩恵によるのでなければ、得ようと努力している目的物を獲得することはできないのであるが、私たちの意志は何もなしていないのではない。……たとえば、激しい嵐の中から船を無傷で港へ導き入れた船乗りが、『私が船を救った』と言わず、『神が救いたもうた』と言うようなものだ。彼の技術と努力が何ら働きをしなかったわけではない。同様に、豊かな収穫を畑から納屋へ運び入れている農夫は、『私がこんなに多量な年収穫高をあげた』とは言わないで、『神がお与えになった』と語る。しかし、そうだからといって、農夫が穀物の収穫のために何の働きもしなかったと言う者があろうか。……しかし神の好意が近づかなければ、人間のわざは何の成果もあげえないから、全体が神の恵みに帰せられているのである」(『世界の名著18・ルター』、中央公論社、229頁、〈エラスムス著『評論』第三部後篇一節〉)。

 

以上がエラスムスによるルター批判であり、恩恵と自由意志との「協働説」である。エラスムスは、教父時代のアウグスティヌスとペラギウスの論争問題、すなわち救いは恩恵のみか、自由意志による功徳の積み重ねか、をここで持ち出してきたのである。

 

(B)「ルターの反論」(ルター著『奴隷的意志』より)

 

(1)「恩恵のみと自由意志の否定」

ルターは、自由意志を肯定するエラスムスに反論し、自由意志を否定するために、まず「人間の意志が何をなし得るか」、「神は何をなし給うか」、という問題を設定し、彼の著書『奴隷的意志』で必然論を擁護するために、次のごとく論を展開する。

 

「神は偶然的にあることを予知したもうのではなく、彼の不変で永遠で誤ることのない意志によっていっさいを予見し、約束し、なしたもうのである」(『世界の名著18・ルター』、松田智雄編、中央公論社、191頁、「奴隷的意志」より)

 

このように、神の予定の絶対性を強調した上で、必然性を次のように述べている。

 

「すなわち、私たちがなすいっさいは、また、生成するいっさいは、たとえ私たちには可変的、偶然的に生じるように見えても、それでも神の意志を注視するなら、逆に、必然的に生じている、ということである。なぜなら、神の意志は活動的で妨害されえない。というのは、それは神の本性の力そのものだからである。」(同、192頁)

 

さらに、「神は全能である。……私たちは自由意志の権利によって何ごとかをなすのではなく、むしろ神が予知したまい、かつ誤ることなく、変わることなき決意と力とによってかりたてたもうとおりに、なすのである。だから同時に、自由意志はないという事実が、すべての人の心にしるされているのが知られるのである。」(同、225-226頁)

 

上述の文章にあるごとく、神の全能性から必然性が措定そていされ、「必然性と自由」という二つの概念が、矛盾の弁証法的論理で捉えられている。

ルターの「可変的、偶然的に生じるように見えても、注視するなら、逆に、必然的に生じている……云々」という論理は、後のマルクス主義の〝唯物史観〟の公式に酷似している。これは驚きである。

 

以上のように、ルターは〝必然性〟を強調して、人間の自由意志を徹底的に否定しようとするのである。それは、救いは〝神の恩恵のみ〟によることを強調せんがためである。

 

最後に、ルターは次のごとく論述して、この問題を締めくくっている。

 

「神がいっさいを必然的かつ不変的に予知し行なうことを疑問視するならば、『どうして君は神の約束を信じ、それをたしかさをもって信頼したり、それに身をゆだねたりすることができるであろうか』」(『ルター』小牧治・泉谷周三郎共著、清水書院、188頁)と。

 

このルターの〝必然論〟は、対抗し難い論理だと言われているが、はたしてそうであろうか。

ルターは、彼の著書『キリスト者の自由』の中では、「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも従属じゅうぞくしていない」(『世界の名著18・ルター』、松田智雄編、中央公論社、52頁)と自由意志を認めている。

 

これは、ルターにある〝自己矛盾〟の一つであると指摘されている。

 

ところで、ルターの必然性に関する論理と表現は哲学的である。カール・バルトは、ルターと同様に「恩恵のみ」を主張し、人間の理性による哲学・人間学を攻撃し、徹底的に排除する。

このようなバルト神学からルターを見れば、イエス・キリストは神の属性、その永遠性や不変性、神の本性の力などについて語ったことはない、とルターを批判することができる。

 

ちなみに、統一原理は、神は唯一、絶対、永遠、不変であると述べているが、何の根拠もなく思弁的に言っているのではない。聖書の啓示と存在論的視点から神の概念が導き出されているのである。神を認識可能な〝実体〟として顕現したのが、イエス・キリストである。

キリストは唯一、絶対である。キリストは真理であり、真理は永遠、不変である。このキリストを神の対象として認識し、存在論的に神の概念が導き出されているのである。

 

このように、統一原理で論述されているその他の性相と形状の二性性相、あるいは陽性と陰性の二性性相などの「聖書の啓示」と「存在論」(自然を通しての啓示)を根拠とする諸概念は、無形なる神を哲学的に論述することを可能にしたのである。したがって、統一原理が神学界に与えるこの功績は多大であると言えるであろう。

 

周知のように、バルトは哲学的な神概念を批判するが、ティリッヒは彼の主著『組織神学』の中で、「神学と哲学の相関論」を説き、キリスト教の信仰内容を説明する時には、「いつでも、哲学的なまた科学的な用語を用いなければならない」(ティリッヒ著『組織神学』第1巻、68頁)と述べている。

 

(2)「神を侮る知性(理性)」

ルターの次の反論は、「人間の意志は何をなし得るか」「神は何をなし給うか」ということに関する〝信仰義認論〟からの聖書解釈を根拠とする人間観、あるいは救済論に関するものである。

 

ルターは、エラスムスが「人間は神の恩恵の助けによるのでなければ何一つできないのであるが、私たちの意志は何もなしていないのではない」、「神の恩恵を受けるまでは善よりは悪に傾きがちだが、全く働かなくなったのではない」と述べたことを受けて、次のように反論する。

すなわち、「自由意志は悪の奴隷であって、人間のわざは一つとして善ではない」と言うのである。

つまり、自由意志を全面的に否定し、神の恩恵を強調するのである。そのための聖書的根拠として、まずパウロの次の言葉を取り上げる。

 

「義人はいない。一人もいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている。善を行うものはいない、一人もいない」(ロ-マ、3・10-12)。

 

この聖句を根拠として、ルターは、自由意志はことごとく無益であり、悪であるというのである。

さらに、次のごとく述べる。

 

「(パウロの)これらの言葉はきわめて明瞭であって、すべての人が神を知らす、神をあなどり、さらに悪へと迷い出て、善に対して無力な者となっている……ここでは食物を求めることの無知や、金銭をさげすむことについて語られているのではなく、宗教や敬虔けいけんに対する無知や蔑視べっしが語られているのである。

そして、こういう無知や蔑視は、疑いもなく、肉や下等で粗野そやな性情に根ざすものではなく、むしろ人間のかの最高のもっとも卓越した力、義や敬虔や神の認識や神への畏敬いけいがそこにこそ支配しているべき部分、すなわち、理性と意志とに、否、むしろ、自由意志の力そのものに、道徳的善の種子そのものに、あるいは人間のうちにあるもっとも卓越した部分に、根ざしているのである。」(『世界の名著18・ルター』、中央公論社、「奴隷的意志」236頁)

一般に、「最も卓越した部分」でこそ、神の栄光を現すものと思われているが、ルターは反対に、そこにこそ神を侮る無知や蔑視があるというのである。このような鋭い指摘は傾聴に値する。

 

結論として、「盲目にして無知なる理性が、どうして正しいことを教えられようか。また邪悪で無益な意志が、どうして善いことを選ぶことができようか」(同、237頁)と言って、ルターは理性と自由意志を全面的に否定するのである。

また、次のように述べている。

 

「『律法によっては罪の自覚が生じるのみである』(ローマ3・20)とパウロは言っている。この言葉で彼は、律法がどれほど、またどの程度まで役立つものかを示しているのである。すなわち、自由意志は自分だけでは罪を自覚しないばかりか、それを教えてくれる教師として律法を必要とするほど盲目なものである。そこで、罪を自覚しない者が罪をとりのぞくために、いかなる努力を払いうるというのであろうか。……人は罪でないものを罪と考え、罪を罪でないと考えている……実際には罪であり誤謬ごびゅうである自分たちのわざや決意を、義であり知恵であると誇り、売りひろめている…」(同、239-240頁)

 

このように、業や自由意志を批判し、自由意志は「恩恵」なしには何一つ善をなしえないと言い、したがって、多くの律法や命令や脅迫や約束が聖書で与えられ、悪い自由意志を否定しようと、〝恩恵〟はしているのであるとルターは言うのである。

 

つまり、人間は神から与えられた律法や命令を守もることができず、それで、神の前で罪が芽生えて苦悩する。ついに人間は、自らの意志による行いでは救われない、何も出来ないと自由意志を否定し、神の恵みにすがる以外にないことを知るに至ると言うのである。

 

このように、同じ聖句(勧告や命令や約束)の解釈において、エラスムスはこのような勧告の言葉が存在するのは、人間に〝自由意志がある証拠だ〟として捉えているが、ルターはこれらの聖句が存在するのは、〝自由意志を否定するためだ〟として反対に解釈しているのである。

つまり、恩恵を受けない人間の意志は、「邪悪で無益な意志」であり、それを勧告や命令が否定していると捉えるのである。これは、ルターの信仰義認論からの独特な聖書解釈である。

 

ところで、自由意志が「あるか、ないか」という問題と、自由意志が「善をなし得るか、否か」という問題は別である。ルターは善・悪という価値観の導入によって、前者の問題に対して後者の問題にすり替えて答弁しているのである。

 

つまり、自由意志が「あるか、ないか」という問題ではなく、自由意志は「善をなし得るか、なし得ないか」という問題に〝論点〟をすり替えているのである。すなわち、「恩恵」と「自由意志」を対立させ、「恩恵」を受けない自由意志は悪の奴隷であって、「人間のわざは一つとして善ではない」と述べ、人間の自由意志を〝価値判断の導入〟によって全面的に否定しているのである。

 

この「論点のすり替え」はともかくとして、ルターの主張には人文主義にみるギリシャ・ローマの人間観(人間の本性は善)とは異なった、深い罪(原罪)の認識がある。この〝罪認識〟によって、人間はあらゆる部分で、むしろ「最も卓越した部分で、神を侮るものである」と鋭く人間の本質をみつめ、人間を糾弾きゅうだんし、罪の自覚を促すのである。

ここに、ルターの天才的な鋭い洞察力があることをわれわれは認めざるを得ないのである。

 

それは、彼が修道院での壮絶な修行(「行い」)の体験から得たものに他ならない。

堕落人間は、如何なる自らの努力(「行い」)によってしても、〝原罪〟から解放(救済)されない(参照:『原理講論』95頁、255頁)。ルターは、ただ恩恵によってのみ、信仰によってのみ救われるというのである。

これは、カトリック教会の業(功徳思想)に対する全面的否定の教義に他ならないのである。

 

ルターと福音主義(3)

(三)「宗教改革の核心」

 

 (1)「サクラメント」

 

次に、カトリックの秘蹟ひせき(サクラメント)とは、という問題に少しふれた後に、〝宗教改革〟の核心に迫っていこう。

 

秘蹟(サクラメント)とは、カトリック教会の用語であって、プロテスタント教会では「聖礼典」といわれ、説教とともに、教会の重要な機能とされている。すなわち、それはキリストの内的な見えない霊的恩恵を、外的な見える形で表現する〝しるし〟と考えられているのである。ローマ・カトリック教会では、洗礼、堅信、聖体、悔悛かいしゅん(告解)、終油(病者の塗油)、叙階、婚姻(結婚)の七つを「秘蹟」と定めている。

 

これに対して、プロテスタント教会では、洗礼と聖餐(聖体)だけを聖書にもとづく聖礼典としている。聖体とは、パンとぶどう酒の中にキリストが臨在していると理解されている(キリストの象徴か、臨在か、の議論があるが)。また、統一教会の合同結婚式の聖水と聖酒式がこれに対応している。

 

(2)「悔悛と贖宥状」

 

カトリック教会の七つの秘蹟の一つである「悔悛」(悔い改め)は、ルターが攻撃した「贖宥状しょくゆうじょう」と深く関わりがある。その悔悛の教義とは、すなわち次のごとくである。

 

「悔い改めはカトリック教会においては教会の定めたもっとも重要な『礼典』(サクラメント)として説かれていた。そこには次の三つの概念によって組織化された制度がたてられている。まず、『痛悔つうかい』(コントリティオ)と呼ばれる、自分が犯した罪に対する心からの悔悟が求められ、第二に『告解』(コンフェシオ)という、罪を衆人の前に告白することが行われ、かかる告白した人に司祭が赦罪しゃざい宣言を下すわけであるが、第三には、犯した罪に対して具体的に賠償をすべく善きわざが求められる。それが十分なる賠償をしなければならないことから『償罪しょうざい』(サティスファクティオ)と呼ばれた。かかる犯した罪を償うわざとして巡礼をしたり、断食をしたり、寄付をしたりするさまざまな規定が定められていた。

この規定は教会が定めた刑罰であって、当時のカトリック教会は地上の生活のみならず、死後の煉獄れんごくに対しても有効な規定を定めたのであった。『贖宥状』というのは、そのような教会が定めたもろもろの罪に対する罰を教会がキリストと諸聖人によって蓄積された徳の宝によって赦免する免罪証書であった。この贖宥状をめぐってルターの宗教改革の運動が胎動し始めるのである」(『宗教改革の精神』、金子晴勇著、中公新書、77-78頁)。

 

教皇レオ10世がサン・ピエトロ大聖堂の建築のための全贖宥を公示して、贖宥状購入者には全免償を与えることを布告したが、贖宥状問題の発生はアルブレヒト大司教がこのサン・ピエトロ大聖堂(聖ペテロ教会)を新築するためにドイツで贖宥状を発行し、その販売をドミニコ派の僧侶であるテッツェルにゆだねたことが契機となった。彼は巧みな弁舌で至るところで成功を収めていった。

 

ルターは、テッツェルが「そもそも、お金が箱の中でチャリンと音を立てさえすれば、たましいは煉獄れんごくほのおの中から(救われ)飛び出してくるのだ」、「教皇の紋印もんじるしで飾られた十字架はキリストの十字架と同じ価値がある」(『ルター』、松田智雄編、中央公論社、22頁)と言っているのを知った。

それで、この際、自分が今までに確信した所信を公開し、討論するために、ヴィッテンベルク城教会の扉に「九十五ヵ条の提題」を貼り出したのである。時に、ルター34才であった。

 

ところで、いうまでもなくローマの聖ペテロ教会を新築することは悪ではなく善いことである。そのためのお金集めにドイツで贖宥状を発行すること自体は悪ではない。問題の本質はお金ではなく、当時のカトリックの教義と世俗化したヒエラルキー(階級制)にあったのである。

 

ちなみに、教皇レオ三世は、紀元800年に、チャールズ大帝を祝福して、金の王冠をかぶせた。彼がキリストのみ言を信奉し、キリスト教理想を実現していたならば、この時代に「信仰基台」と「実体基台」が形成され、「再臨されるメシヤのための基台」も、成就されるはずであった。

統一原理は、「法王を中心として立てられた霊的な王国と、国王を中心とした実体的な王国とが一つとなり、その基台の上にイエスが再び来られて、メシヤ王国をつくることができたはずである」(『原理講論』475-476頁)と述べている。

しかし、国王が神のみ旨を信奉し得ず、「実体基台」を立てることができずに「再臨されるメシヤのための基台」を造成することができなかったのである。

 

このように見て来ると、カトリックの体制そのものが問題なのではなく、宗教改革時代において、この世の権力機関と変わらない法王を中心とした封建的な階級制度が信仰生活の自由を拘束していたことが問題になったのである。つまり、中世封建時代の社会環境は、人間の創造本性を復帰する道を遮っていたのである。それゆえ、宗教改革はメシヤが降臨するための内外の環境復帰のために起こるべくして起こったのである。

 

また、贖宥状とお金の関係について、「お金が箱の中でチャリンと音を立てさえすれば、たましいは煉獄の焔の中から(救われ)飛び出してくる」というが、「霊のからだ」(霊人体)と「肉のからだ」(肉身)の関係、あるいは「霊形体、生命体、生霊体(発光体)の関係」(霊の成長と復活に関する霊界と地上界の関係)について、カトリックの教義は統一原理の「復活論」で説かれているように明解ではない。したがって、救い(たましいの復活)と贖宥状に対して疑念が生じるのである。

 

それでは、次にルターの「九十五ヵ条の提題」に対する批判と反批判を考察していこう。

 

(四)「九十五ヵ条の提題」について

 

「九十五ヵ条の提題」について、まず、その核心部分とルターの言わんとする〝福音〟のなんたるかを明確にしなければならない。

 

(1)「贖宥状(功徳説)の否定と福音」

 

ルターの「九十五ヵ条の提題」の中心は、「悔悛」と「贖宥の効力について」の問題である。

 

ルターは、九十五ヵ条の第二十一条で、「教皇の贖宥によって、人間はすべての罰から放免され、救われると述べるあの贖宥説教者たちは誤っている」と断言する。

そして、ルターは贖宥と福音を対置し、第六十二条では「教会の真の宝は、神の栄光と恵みとのもっとも聖なる福音である」と言明する。

 

教会の宝とは、「一四世紀に教皇クレメンス六世が教書で述べたもので、教会にはキリストと聖者が残した功徳くどくが蓄積されて宝庫をなしており、教皇は適当な時機にそれを信者にわけ与えることができるという考えである。この思想は当時贖宥券販売の有力な理論的根拠の一つであった」(『ルター』、小牧治/泉谷周三郎・共著、清水書院、136頁)と言われている。

 

ルターはこの教皇の教書(功徳蓄積論)を否定し、「贖宥」は「福音」と比較できないほど価値の小さい慣行にすぎないと断言し、真の宝は「福音」であるというのである。

 

第六十八条でも、「それら〈贖宥〉は神の恵みと十字架の敬虔とに比較すると、実際もっとも小さいものである」(同、136頁)と述べている。

 

このように、ルターは教皇の権限と権威を否定し、贖宥は何の聖書的な根拠もないものであると断言するのである。

 

前後するが、ルターは、「人を義とするものは秘蹟ではなく信仰である」と言い、諸聖人の功徳説の根拠である教皇の教書は聖書の前にはまったく権威のないものであると言っている。

 

ルターが最も愛した聖書の一巻が「ガラテヤ書」であるが、その講義案で彼は次のごとく述べている。

 

「キリストの使徒パウロが神の律法やその行ないからとり去ったものを、悪魔の教えや、人間の状態や法則や、教皇の不信仰な伝承や修道士たちの行ないなどに帰することは、恐るべき瀆神とくしんであると、……使徒が言うとおり、神の律法の行ないによってだれ一人義とされないのだとすれば、ましてや、ベネディクト派やフランシスコ派などの会規によってはだれ一人義とされない。それらの規則の中には、キリストを信じる信仰については一音節たりともなく、ただ、『この会則を遵守するものは永遠の生命をもつ』と強調されているだけである。」(『ルター』、松田智雄編、中央公論社、「ガラテア書講義」より、480頁)

 

キリストを抜きにして、神や人間や罪について論ずることは出来ない、律法の行ないによってだれ一人義とされない、キリストを信じる信仰によって義とされるのであるという福音主義の原点をここにも見ることができるのである。

 

ルターは、さらに続けて次のように述べている。

「教皇派の人々における福音とキリストに対する忘恩と蔑視べっし……彼らは、キリストを否定し、キリストをけがして、福音の代わりにさまざまな規則や人間の伝承といった、いとうべきものを尊んで、神のみ言葉以上にとりあげた」(同、481頁)

 

「『いかなる肉も、律法の行ないによっては義とされない』というのは、中心となる結論である。これを幅広く適用し、生の全段階にあてはめてみるがよい。修道士は修道会の会規によっては、修道女は貞潔によっては、市民は正直によっては、君侯は仁慈によっては義とされないのである。」(同、481-482頁)

 

このように、キリストを対象としない教えや、人間のいろいろな業によっては救われないと述べている。そこには、人間に対する深い罪(原罪)認識があり、神と人とは罪によって断絶しており、人は自ら何もなしえない、救いはイエスをキリストとして信じる信仰による以外にないというルターの救済観、すなわち新しい義への転換が述べられているのである。

 

「九十五ヵ条の提題」の三十六条は、「真に悔い改めているならば、キリスト教信者は、完全に罰と罪から救われており、それは贖宥状なしに彼に与えられる」(同、23頁)と宣言している。

 

このように、ルターは「塔の体験」で得た救いへの確かな所信を「九十五ヵ条の提題」で忌憚なく述べたのである。

 

最後に、宗教改革の核心について、キリスト者が最も愛読しているルターの著『キリスト者の自由』の中からも引用してみよう。

 

「だから、司祭や僧侶そうりょのするように、身体が聖衣を着たところで、たましいには何の助けにもならない。また身体が教会や聖所にいても同様であり、聖物を扱っても同じである。また身体で祈り、断食だんじきし、巡礼し、さらに身体によって、また身体においてたえず行われるようなすべての善行をしても、やはり無益である。たましいに義と自由をもたらし与えるのは、それとまったく異なったものでなければならない。」(『ルター』、松田智雄編、中央公論社、「キリスト者の自由」、53-54頁)

 

さらに続けて、次のように述べている。

「きみが信仰においてすでに十分であり、神が信仰においてすべてをお与えになったのだから、きみにはよけいな宝と善行が、きみの身体を治め養うのに、いったい何の役に立つというのか。」(同、76頁)

 

以上が、信仰義認(新しい義の理解)とは何か、ということに対するルターの説明である。

上述のように、ルターは「信仰のみ」、「聖書のみ」を語り、一貫して福音主義の信仰を主張し続けたのである。

 

1517年10月31日、ルターはヴィッテンベルク城内の教会の扉に「九十五ヵ条の提題」を貼り付けたが、それはキリストの福音を純粋にとらえようとする公式的な討論の要請であった。ところが、当時のカトリック教会が社会秩序の基本構造に密接に関係していたことから、必然的に社会改革運動と結びつくことになったのである。

 

ちなみに、ルターの宗教改革の原点ともいうべき著作として、次の三つがある。

 

1)『ドイツのキリスト者貴族に与える書』-教皇庁の堕落と改革を説き、世俗権に優越する霊的権力(教皇権)を否定し、教皇にのみ保留されていた聖書解釈の権利は剥奪され、全信徒に与えられた。そして教皇のみが教会会議を招集しうるという主張を否定し、各信徒は自由な教会会議を招集する権利と義務があると主張した。

 

2)『教会のバビロン幽囚』―サクラメント(秘蹟)を攻撃し、二つの秘蹟、聖餐(聖体)と洗礼以外を排除した。バビロン幽囚の故事にちなみ、真の秘蹟がローマ教会によって奴隷にされていると比喩したもの。

 

3)『キリスト者の自由』―キリスト者とは何かを説く。「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない。キリスト者はすべてのものに奉仕する僕であって、何人にも従属する」と。教皇を頂点とするカトリックのヒエラルキーを否定し、全信徒が司祭であること主張した。

 

これら三つの著作以外に、ルター自身が最も重要だと言った『奴隷的意志』がある。これは、エラスムスの批判に対して反論(論駁)した労作である。

 

上述のすべての著作は、『ルター』(松田智雄編、中央公論社刊)に収められている。

 

ルターと福音主義(2)

(二)「宗教改革の原理の確立」(霊と肉の葛藤の末)

 

次に、ルターの神学思想(信仰義認論)の形成過程について論述する。

 

(1)「内面の葛藤」

 

ルターは、当初、エルフルト大学で法学を勉強していた。1505年7月、帰省していたマンスフェルトの自宅からエルフルトにもどる道の途中で「雷雨の体験」をする。その時、驚いて「聖アンナさま、お助けください。私は修道僧になります」(ルター著『卓上語録』)と叫んだ。

その後、親しい友人と決別して、7月17日、ルターはエルフルトのアウグスティヌス派修道院にはいった。

この修道院の戒律は厳しいことで有名であった。そこでの厳しい生活ぶりをルターは後に振り返って次のように告白している。

 

「『祈祷、断食、徹夜、耐寒』などによって、拷問の苦しみをなめた」(世界の名著18『ルター』、松田智雄編、中央公論社、18頁)

 

まさに、律法の「行い」に厳格なパウロが自身を称して「パリサイ派の中のパリサイ派」と言ったごとく、ルターも彼に劣らず厳しい「業」の実践を自己に負わせ、その修道生活は壮絶なものであった。

 

「私が敬虔な修道士であり、修道院の戒律を厳格に守ったことは本当である。およそ修道生活によって天国に入れる修道士があったならば、私も天国へゆけると思う。私を知った修道院の兄弟たちはだれでも、このことを証言してくれるだろう。」(『ルターと宗教改革』、成瀬治著、誠文堂新光社、69頁)

 

このように苦行したのは、カトリック教会の教えに従い、ルターが「業」(行い)によって神の義と救いを得て、魂の平安を勝ち取ることが出来ると信じていたからに他ならない。

 

(2)「予定の恐怖」

 

この時代(修道生活)のルターの内面の分析がある。それは、救いと予定に関するすさまじい内容である。

 

「神は神聖であり、完全に正義であるという。もしそうだとすれば、その神は、『わが命ずるところを行なえ』と人間に要求し、行なえなければこれを審判し罰する神である。彼はこの脅かす神への恐怖から逃れるために、修道の生活にはげんで完全になろうとし、また罰を免れようとしたのである。ところが、とぎすまされてゆく良心は、いよいよ彼を責め、神はいよいよ恐怖すべき神として映じたのであった。その悩みの時は長くつづいている。」(『ルター』、松田智雄編、中央公論社、18頁)

 

キリスト者が「完全」になるのは〝再臨の時〟であるが、その時でないのに「完全」になろうとしたルターの苦悩は、救われるか、救われないか、永遠の生命か、永遠の死か、という人生の栄枯盛衰が神の絶対的な「予定」によるという教義に触れると、一層深刻なものとなるのである。

 

罪を告白し、司祭によって赦免しゃめんされても、罪の意識は消えない。次の文章はそういうルターの絶望の心境を語っている。

 

「告解や赦罪しゃざいもなんら救いを保証しない幻覚であって、それは光が闇を駆逐くちくするように罪を駆逐してはくれないので罪は人間にとってどこまでも恐るべき、不断に活動する実在であり続ける。彼の過敏な良心の呵責は、いまや矛盾する苛酷かこくな要求をもって迫る神に対する懐疑と不安とに結びついていた。

このような彼の内面的挫折は『予定』の問題にぶつかりいよいよ深刻となった。神が永遠に滅びに定めたものたちにみずからも属するのではないかという予定の恐怖はルターにとって神に対する呪詛じゅそと憎悪にまで高じるのであった。すなわち自己の行為が自己追求によって毒されている罪人に善行を求めるのは無理である。不可能を要求して滅びに定めようとするさばきの神、報復の神はいかにしても許せない。『この思いにとらわれて、わたしはキリストと神とのなんであるかをまったく忘れ去り、神が悪者ではないかとさえ思う。予定ということを考えると我々は神を忘れ、讃美は止み、誹謗ひぼうが始まる』と苦衷くちゅう吐露とろする彼であった。」(人類の知的遺産26『ルター』、今井晋著、講談社、74-75頁)

神は、律法で裁き、福音でも裁く。この「神の義」を、ルターは憎むまでに至ったのである。

 

(3)「十字架の救い」

 

ルターは、長い苦悩の後に「塔の体験」を通して救いへの確かな希望を見出す。

それは、先に指摘した「神の義」に対する執拗な懐疑を超克するものであり、ヴィッテンベルクの「塔の一室」での出来事であった。それは、救いは「行い」によるのではなく、キリストを信じる「信仰」によって義とされるという「新しい義」の発見であった。その時のルターの心境の変化に関して、次のように述べられている。

 

「要するに『神の義』とは罪人をあくまでも罰し審く神の性質としての『能動的義』を意味するのでなく、無償の贈物として罪人に与えられる義、罪人を罪あるままに義とする恵みとしての『受動的義』であるとの神の義に対する認識の転換がはかられた。……つぐないのわざではかちとることが不確かな、それゆえに、ルターにとって憎しみといきどおりとつぶやきの対象でしかなかった『神の義』が、パウロを導師として、パウロの聖句を媒介に、いまや賜物としての義、最愛の対象となる『神の義』に変貌へんぼうしたのである。久しく求めて悩み続けた『救いの確かさ』の根拠が我々の外、神の内に発見された。それはまた、ルターにとってまさに天国の門を意味したのである。」(『ルター』、今井晋著、講談社、83頁)

 

このように「能動的義」から「受動的義」(新たな義の理解)へと発想の転換がなされ、宗教改革の基本的原理が確立されていくのである。

 

ルターと同様に、生・死をかけて祈祷、断食、徹夜などの苦行をし、善い業に励んだ人や、あるいは霊と肉の分離による対立や葛藤を内的に体験し、罪と戦った信仰者であればあるほど、「信仰によって義とされる」(他力、自分の外)という神の言葉にふれる時、深く霊的に感動させられるにちがいない。

求めもせず、祈りもせず、探しもしない者に、ただ信じるというだけで、そのような霊的な恵みの感動を得ることはないであろう。このルターの心境の変化による「新しい義」の発見の喜びは、新約時代の「イエス・キリストの路程」(個人路程)と成約時代の「家庭路程」を、再臨主と共に世界的に歩む統一教会の信徒らこそが、一番よく理解し得るのではないだろうか。

 

現在から原理的に見て言えることであるが、救いには、初臨の霊的救いから、再臨の霊・肉完全な救い(完全な神の愛の認識)への道がある。

しかしルターの教説は、初臨の霊的救のみであり、再臨による完全な救いは欠けているように思われる。

 

(4)「自力の限界」

 

ところで、ルターが苦悩したのはオッカム主義に従って、キリストを抜きに、自分の内に、自分の力で、罪を克服しようとしたからに他ならない。この点に関して、次のように述べられている。

 

「彼はオッカム主義の修道の精神を厳守し、善いわざに励んでも、内心の平和と良心の慰めが得られず、自己の罪に絶望する。『ああ、私の罪、罪、罪』と彼は絶叫する。かかる絶え間のない罪の意識はオッカム主義によれば、義認の段階にいまだ達していないしるしであり、かかる罪は克服されなければならないと説かれていた。しかし、彼はこのとき人間を裁く『神の義(正義)』は実は信仰によって神から授与される『神の受動的義』であることを発見したのである。これが『神の義』の新しい認識であって、彼の神学の出発点がここに確立された。」(『宗教改革の精神』、金子晴勇著、中公新書、16頁)

 

絶え間のない罪の意識は、信仰者であればあるほどルターと同様に鮮明となる。

だが、それは原罪ゆえに自分の力で克服し得ないものなのである。「キリストの啓示」(恩恵)は行いを必要としない。このことをルターは気付かされたのである。

修道院において、「ああ、私の罪、罪、罪」と苦悶したルターは、個人的な罪や先祖の罪ではなく、もっと根源的な人間存在それ自体の罪を意識していたのではなかろうか。修道院での師である聴罪司祭シュタウピッツに告白しても消えない罪、それは再臨のメシヤによらなければ清算できない罪(原罪)に他ならない。

 

ちなみに、ルターは、「どうして神は、アダムが堕落するのを許したもうたのか。また、神は彼を堕落せぬように保つか、あるいは私たちをほかのすえからか、または清められた第一の裔から造ることができたもうたであろうに、どうして私たちすべてを同一の罪にけがされたものとして造りたもうたのであるか」(『ルター』松田智雄編、中央公論社、223頁)と述べている。

そして、「神秘を探ることは、私たちのなすべきことではない。むしろ、この神秘を畏敬いけいすべきなのである」(同)と言うのである。しかし、再臨主の理性は、この神秘を解かねばならないのである。

 

ところで、十字架による霊的救い、恵みによる信仰義認に関して原理的に言えば、初臨の霊的救いとは、霊的解放圏、すなわち「サタンの支配権」(罪と死と恐怖の地獄)から信仰者を霊的に救い、天国の待合所(再臨を待つパラダイス)へ、信仰者を導く恩恵のことである。

この信仰の道は「個人路程」である。さらに、イエスの再臨による霊肉完全な救い、すなわち神が完全であるように完全な者となる「家庭路程」(愛の完成者になる道)があるのである(マタイ5・48)。愛は人(隣人)を害さない。したがって、イエス・キリストのごとく愛は律法の完成である。

 

以上のように、宗教改革の基本的原理を「心と体の長い葛藤」の末に、ルターは確立するに至ったのである。

このルターの義認論は、パウロの研究(ウィッテンベルク大学でローマ書の講義中の数年間)のうちに、激しい精神的苦闘のあとで獲得されたのである。

その意義は、キリストによる救いをあいまいにする介入を一切認めない、ルターの基本的な姿勢であり、原始キリスト教の信仰を回復しようとするところにあった。

 

 

「原理的批評」

 

宗教改革の起こった要因について、『原理講論』は次のように述べている。

 

「人間は、自由意志によって自分の責任分担を完遂し、神と一体となって個性を完成することにより、人格の絶対的な自主性をもつように創造された。」(『原理講論』515頁)

「元来、信仰は、各自が神を探し求めていく道であるので、それは個人と神との間に直接に結ばれる縦的な関係によってなされるのである。」(同、511頁)

しかし、「中世は、封建制度とローマ・カトリックの世俗的な堕落からくる社会環境によぅて、人間の本性が抑圧され、自由な発展を期待することができない時代であった。」(同、511頁)

 

したがって、信仰の自由を拘束する法王と僧侶の干渉と形式的な宗教儀式やその規範を撤廃しようとする革新運動は起こるべくして起こった。この宗教改革は、宗教面における民主主義を実現し、さらに政治の民主主義、経済の民主主義へと具現化していったのである。『原理講論』(第5章メシヤ再降臨準備時代)によると、宗教改革は再臨主を迎える内外の環境復帰の準備であったと述べている。

 

ルターと福音主義(1)

(一)福音主義とは

 

(1)「信仰」と「行い」の対立

 

プロテスタント神学の中心は何であろうか。それは、「律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされる」(ガラテヤ書2・16)というこの聖句に集約されている。

 

「信仰によって義とされる」という、このプロテスタント神学の信仰義認論は、マルティン・ルター(1483-1546)によって定式化された。ルターによれば、「人が理性と神の律法とに従っていかほど知恵がありただしくとも、その行ないや功績やミサや義や儀式のすべてをもってしても、義とされないのである」(『ルター』松田智雄編、中央公論社 「ガラテア書講義」より、480頁)と言うのである。

 

ルターは、エルフルトのアウグスチヌス隠修士会に入り、修道院の厳しい戒律修行を経て、1507年4月、24歳で司祭となった。そして、1508年にヴィッテンベルク大学で教鞭を執ることとなり、1512年10月に神学博士となって、ヴィッテンベルク大学の神学部教授に就任し大学で聖書を講義することになる。詩篇、ローマ人への手紙、ガラテヤ人への手紙、へブル人への手紙などは聴講する学生に深い感銘を与えた。この数年間にわたる聖書研究(修道院の塔の書斎での研究)により、ルターは長い精神的苦悶の末、宗教改革の原点とも言うべき思想を形成するに至るのである。これは、一般的に「塔の体験」といわれているのであるが、その時期は明らかではない。ルターが信仰義認(新たな義の理解)に到達し、彼の神学体系を形成するにあたって、パウロの「ローマ人への手紙」が決定的な役割をはたしたと言われている。

 

この「新たな義の理解」による「救い」(福音)の確かさは、一瞬の閃光のような啓示というものではなく、ヴィッテンベルクの塔の一室の中で執筆活動をしているうちに、次第に確かなものとして確立されるに至ったのである。晩年にルターは〝突然の霊感によって体得されたもの〟と言ってはいるが。

 

ところで、ルター以来のプロテスタント神学、すなわち「行い」を否定する「信仰義認」と、「行い」を肯定するカトリック神学の「功徳思想」とは、今でも、鋭く対立している。

 

「統一原理」も、神のみ旨成就(予定)において、「神の95%の責任分担」(恩恵)に対し、「人間の5%の責任分担」があることを説く。ただし、この「人間の5%の責任分担」は、神の責任分担にくらべて、ごく小さいものであることを表示しているが、人間自身にとっては100%に該当するのである(『原理講論』予定論、243-244頁参照)。

 

『原理講論』は、「神のかたち」として造られた人間に責任分担があるのは、創造への参加と万物に対する主管権の賦与のためである(同、堕落論、113頁)と述べている。これは、人間以外の万物にはない特権なのである。

 

神のみ旨成就(予定)において、このような95%+5%=100%という神と人間の関係における〝責任分担論〟を説くと、プロテスタント神学、特に福音主義神学と鋭く対立せざるを得ないのである。

 

なぜなら、神の恵みを95%であるとして、それを如何に大きく捉えようとも、5%という人間の「行い」がなければ100%にならない。したがって、このように〝人間の行い〟に対してほんの少しでも価値を認めれば、救いが人間の行いを少しも必要とせず、神の一方的な「恵み」であるという「福音」もまた否定されると考えるからである。

 

また〝人間の行い〟によって神のみ旨成就が左右されるなら、神の絶対性、全知全能性、救いにおける予定の絶対性が否定されるのではないかと、彼らは危惧するのである。神の予定が絶対でなければ、神を信じることができなくなるからである。

 

また、仮に、「人間の5%の責任分担」(「行い」)を認めるならば、カトリック神学の「功徳思想」や、神と人間との「協働説」を認めることになり、ルター以来の宗教改革的信仰を、自ら誤りであると認めることになるのである。

したがって、救いにおける「信仰」と「行い」の対立を主張し、罪人である人間の「自由意志」や「業」(「行い」)を完全に否定することは、「福音主義」の何であるかを説かんがための〝生命線〟であり、彼らにとって重大な問題なのである。

 

ルターは、自由意志を認めることは「キリストを空しくし、全聖書を全滅せしめるであろう」(『ルター』松田智雄編、「奴隷的意志」より、中央公論社、249頁)と主張する。

 

ところで、今日では、カルヴァンの〝決定論〟が信者の体験に反すると主張し、ジョン・ウェスレー(John Wesley、1703年6月-1791年3月)の主張した仕方で〝自由意志〟を認める傾向性にある。

「カトリック主義のように神の恵みと自由意志の行為との協力(協働)による救いでもなく、宗教改革者たちの奴隷的意志でもない道を教会はえらんできたし、今日の(教会の)大勢もそうである。すなわち、神の恵みのみによる救いの体験が、それを受け入れたり退けたりする人間の自由と矛盾しないのである。」(『キリスト教組織神学事典』、野呂芳男、教文館、179頁)

 

このように、われわれはプロテスタント神学とカトリック神学の根本的な対立点を知らなければならない。そして、これらの教義の対立点についてどのように統一原理の視点から対処すればよいのかという問題(キリスト教の統一)について考察しなければならないのである。

 

それでは、次に、宗教改革の原点までさかのぼって、これらの諸問題を考えてみることにしよう。

 

(2)「宗教改革の原理」 

 

第一に、ルターによれば、人が神から〝義〟とされるのは、内面的な「信仰のみ」によるのであって、外面的で形式的な道徳的善行やサクラメント(秘跡)の儀式などによるのではないというのである。

救いは、罪のあがないのために地上に遣わされたイエス・キリストを信じることによって与えられる、上よりの一方的な「恵み」であるとルターは宣言する。そして、信仰において、神の前にみな平等であって、祭司のような特殊な身分は不必要であると言うに至る。このような信仰の自由の主張は、カトリック体制への隷属からの解放運動と一体となっていくのである。

ルターは、宗教改革の基本原理について、次のように述べている。

 

「私どもはみな司祭であり、みなが一つの信仰、一つの福音、一つの秘蹟サクラメントをもっている」(『ルター』、松田智雄編、中央公論社、94頁)

 

このように、教会人と一般の平信徒とは何らの差別もないと「万人祭司論」の原理を明らかにした。さらに、教会の特権や習慣はすべて検討し、その多くは廃止すべきだと言う。そして、教皇を頂点とする位階制度を否定する。

これが、ルター思想の基礎であり、宗教改革の基本原理である。ただし、神の言葉の奉仕者としての牧師職だけは認めたのである。

 

第二に、「聖書主義」と呼ばれるもので、信仰の基準を法皇や僧侶におくべきでなく、〝聖書のみ〟が信仰の基準とされ、聖書は神の言葉を啓示した至上のものとされる。これは、カトリック教会における聖書以外の「伝承」(聖伝)や、それによる聖書解釈を否定する立場である。

カトリックは、伝承による教会の伝統的な教義などにも聖書と同じ権威を与え、聖書解釈の権威は教会(教権)にあるという。しかし、プロテスタント教会は「聖書のみ」であって、このような伝統主義を否定する。

 

以上の二つの原理は、カトリックの律法主義的「功徳」思想と対置されるものであって、「福音主義」と呼ばれ、先に論述したごとく、罪の許しは「キリストを信じる信仰による」のであって、教会法や贖宥状しょくゆうじょうによるものではないというのである。

 

 

「補足」

 

「律法と福音の関係について」

 

旧約の律法に関しては、それは人に罪を自覚させ、その自覚によって人は悲しみ、苦悩し、絶望する。しかし、律法は人を助けることは出来ない。

したがって、救済手段が他に求められねばならない。それが、キリストの福音なのである。それゆえ、律法の役割は、福音の光を示すことにあったというのである。

この律法と福音の関係については、ローマ書で次のように述べられている。

 

「律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったであろう。すなわち、もし律法が『むさぼるな』と言わなかったら、わたしはむさぼりなるものを知らなかったであろう。」(ローマ7・7)

 

つまり、「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」などの〝律法の戒め〟によって、罪の罪たることが現れるというのである。それによって、人に罪を自覚させる。しかし、悪いことだと分っていても〝貪欲〟と〝情欲〟に従い、人は律法を守れずに罪を犯すのである。戒めがある分だけ、それだけ人は罪や過ちを犯し、そして苦しみ、絶望する。そして、自分自身で自分を救うために何もできない人間であることを知るようになるのである。

 

聖書は、罪の値は死であると、次のように述べている。

 

「あなたがたが罪の僕であった時は、義とは縁のない者であった。その時あなたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極しゅうきょくは、死である。」(ローマ6・20-21)

原理的に言えば、人間始祖の堕落による死とは〝肉体の死〟ではなく、真の神との関係(心情関係、父子関係)が断絶し、サタンの支配(罪と死の支配)の下につながれ、サタンに隷属する状態をいう。

ところで、先に述べたごとく、律法は人に罪を自覚させるだけで、人を助けることはできない。したがって、この罪と死の支配から人を救い解放してくれるのは誰か、われわれはどうすればよいのか、という問題が生ずる。その答えが、キリストであり、キリストの福音なのである。イエスをキリストと信じる信仰によって義とされ、罪と死から解放されるというのである。

 

聖書は、信仰によって「罪から解放されて神に仕え、きよきに至る実を結んでいる。その終極は永遠のいのちである」(ローマ6・22)と述べている。

愛は人(隣人)を害さない。したがって、愛は律法の完成であると言われている。ただし、「きよきに至る―その終極は」とあるごとく、ただ信ずれば救われるのではなく、信仰は永遠のいのちに至る旅路の〝出発〟であって、終極、すなわち、救いの〝完成〟ではない。救いの完成とは、時間の成熟、すなわち再臨の時なのである。