Archive for 5月 6th, 2014

ティリッヒ「弁証神学」(神〈究極者〉は「存在自体」〈存在の力〉である)(32)

 b. 「歴史と生の過程」

 

歴史は、停滞と悲劇的な破壊があるにもかかわらず、なぜ前進するのであろうか。

ティリッヒは、歴史は絶えず新しいものに向かって、究極的に新しいものに向かって前進するという。この前進する力が「生」であり、この「生」の観点から、自己統合、自己創造、自己超越へと駆り立てられる衝動の本質を観察しなければないというのである。

 

「歴史の目標は今や生の三つの過程とそれらの統一の概念に従って次のように表現され得るであろう。生の自己統合の立場から言えば、歴史はすべての歴史を担うグループおよびその個々の構成員が、曖昧(あいまい)ならざる力と正義の調和のうちに、一つの中心に向かって進むことを意味する。生の自己創造の立場から言えば、歴史は新しい、曖昧ならざる事態に向かって進むのである。そして、生の自己超越の立場から言えば、歴史は存在の可能性の普遍的な、曖昧ならざる成就に向かって進む」(『組織神学』第3巻、419頁。注:太字は筆者による)

 

この三つの過程は後で詳論される。このように、生は究極的に新しいもの、超越的なものに向かって進むというのである。彼は、歴史も同じで、生の三つの過程は一つの過程、すなわち、一つの目標に向かう運動として〝統一的〟に捉えるのである。

 

そして、ティリッヒは、「生の過程」と「神の国」との関連性(相関的方法)について、特有な表現で、すなわち弁証法的否定で、中心性は新しいものへと前進し、「神の国」は生の曖昧性の分析から生じる「問い」に対する「答え」であると、次のように述べているのである。

 

「歴史は、生一般と同様に、実存の否定性の下に立っている。したがって生の曖昧性の下に立つのである。普遍的にして全体的な中心性、新しさ、成就への前進というのは一つの問題であって、歴史の続く限り問題にとどまるのである。歴史の大いなる曖昧性の中に含蓄(がんちく)されているこの問題は、常に感得され、神話や、宗教的・世俗的文学や芸術において、強力に表現されている。これらの問いは(相関的方法の意味において)宗教的(擬似(ぎじ)宗教的)歴史観および終末論的シンボルに関係づけられている。キリスト教神学の圏内においては、神の国はこの生の曖昧性の問いに対する答えである。」(同、419-420頁)

 

このように、歴史の諸問題が「神の国」との相関的方法において論述されるのである。すなわち、歴史に目標があり、それは「神の国」であるというのである。

このように、生は実存の否定の運動によって、究極的に新しいもの、超越的なものに向かって進んで行くというのである。

 

(B)「歴史的次元における生の曖昧性」

 

ティリッヒは、生の三つの過程を次のように具体的に論述する。

 

(1)「歴史的自己統合の曖昧性――帝国と中央集権」

 

歴史は、究極的目標に向かって前進する。ティリッヒは、「歴史的次元における生の自己統合における、普遍性、全体性に向かっての人間の努力は、『帝国』(empire)という言葉の中に表現されている」(同、428頁)という。

 

彼は、歴史の担い手である歴史的グループには「召命意識」があり、この要素がより強く、正当なものであればあるほど、そのグループの帝国建設への情熱は強くなり、それが全構成員の支持を得ることが多ければ多いほど、永続する可能性があるという。

このように、彼は生の自己統合の事例として「召命意識」と「帝国」の関係を次のように述べている。

 

「西方の歴史には、唯一ではないにしても、召命意識の最も偉大な例には次のようなものがある。ローマ帝国が法を代表するという言い分、ドイツ帝国がキリストのからだを代表するという言い分、大英帝国がキリスト教文明の代表であるという主張、ロシア帝国が機械化された文化に対して人間性の深さを代表しているという主張、アメリカ帝国が自由の原理を代表しているとの主張がある。そして、それに対応して、人類の東方地域にも、同様の例がある。……われわれの時代においては、二つの偉大な強国、すなわち、合衆国とロシアにおける、全体主義への傾向は、人類の最も深く、最も普遍的な分裂へと導いた。この事態が起こったのは単なる経済力ないしは政治力への意志によるのではなく、それらの強国が勃興(ぼっこう)し強力となったのは、自然的な自己肯定と結びついた召命意識によるのである」(同、429頁。注:太字は筆者による)と。

 

このようにティリッヒは、ロシアの共産主義革命は生産力と生産関係の〝矛盾〟によるのではなく、〝召命意識〟によるというのである。

そして、生の自己統合により、歴史は帝国建設へと進み、さらに人類を統一する前段階である二つの世界(合衆国とロシア)に分かれていったというのである。

 

すなわち、この段階は、ティリッヒ的弁証法の叙述によると、「人類の最も深く、最も普遍的な分裂へと導いた」(同、429頁)というのである。

そして、「この状況は世界史と呼ばれたものへの手がかりを与える」(同)と述べ、「それは人間の歴史的統合の新しい段階をなすものである。この意味において、われわれの世紀は新しいものを創造するという意味で、偉大な諸世紀の一つをなすものである」(同、430頁)と述べている。

つまり、その矛盾は、統一世界の前段階であるというのである。

 

しかし、彼の弁証法による両極性は、歴史的統合の新しい段階、すなわち、「歴史における最大の統合の瞬間は、最大の崩壊、根本的な破壊の危機をさえ意味していた」(同)といい、二つの相反する危機的傾向性を指摘することを忘れないのである。

 

また、ティリッヒは、「中心主義の曖昧性は歴史的統合の外延(がいえん)的側面に関連するのみならず、内包的側面にも関連する」(同、431頁)という。

それで、彼は「内包的中心性と外延的中心性との関係を見なければならない」というのである。そして、「外延的・帝国主義的傾向と内部的中央集権的傾向とは、曖昧ならざる歴史的統合において、克服され得るかという問題に導く」(同、432頁)と述べている。

 

このように、生の自己統合は一つの中心に向かって進むというのである。そして、彼の歴史に対する弁証法的考察は、次の「生の自己創造」へ進むのである。

(2)「歴史的自己創造の曖昧性――革命と反動」

 

ティリッヒは、歴史における生の自己創造について、次のように述べている。

 

「歴史におけるすべて新しいものは、それ自身において、それがそこから出てきた古きものの要素を保っている。ヘーゲルは、この事実を著名な言葉で表現した。すなわち、古いものは新しいものの中に、否定されると同時に保存されている(aufgehoben)。しかし、彼はこの成長の構造とそれの破壊の可能性との両義性を真剣に(とら)えなかった。これらの諸要素は世代間の関係において、芸術的スタイルと哲学的スタイルとの葛藤において、政党のイデオロギーにおいて、革命と反動(反革命)との動揺において、これらの葛藤がそこへと導いた悲劇的状況において現われる。歴史の偉大性は新しきものへと進むことにある。しかし、その偉大さは、それの曖昧性のゆえに、また同時に歴史の悲劇性でもある。」(同、432-433頁)

 

このように、成長の構造と破壊の可能性との両義性によって、歴史は前進するというのである。政党のイデオロギーにおいて、革命と反革命(反動)との動揺において、これらの葛藤は何か新しきものへと進み、いかに歪曲(わいきょく)されようとも、新しいものは結局除去されない。

「これらの過程における人的犠牲や物的破壊の巨大さは、曖昧でない歴史的創造の問題へとわれわれを導く」(同、434頁)というのである。

 

(3)歴史的自己超越の曖昧性

 

生の自己超越性は、究極的なものへ進む。究極性の主張は、究極的なものをもつ。彼は、それは歴史の目標を代表する待望の「第三の時代」であるという。

 

「究極的なもの」(第三の時代)について、ティリッヒは次のように述べている。

 

「古いものと新しいものとの歴史的葛藤は、どちらかの側が自己の究極性を主張するとき、最も破壊的な段階に到達する。……究極性の主張は、究極的なものをもつ、または歴史がそれに向かって進む究極的なものをもたらすという主張の形を取る。このことは政治的領域においてのみならず、もっと直接的には、宗教の領域において起こった。」(同、434頁)

 

究極性の主張である第三の時代について、さらに次のように述べている。

 

「歴史の終局の前に千年間キリスト教が歴史を支配されるというシンボルがそれである。啓蒙主義と理想主義の時代には、第三の時代のシンボルが世俗化されて、革命的機能をもった。ブルジョワジーもプロレタリアートも共に、彼らの世界史的役割を、それぞれに『理性の時代』(age of reason)または『階級なき時代』(classles society)の担い手として推定した。これらの言葉は第三の時代のシンボルの変形である」(同、435頁)と。

 

このように、歴史が究極的成就に向かって進み、歴史の流れにおいて、その瞬間瞬間において、歴史はそれ自身を超越するとの確信が表現されている。

この観念において、歴史の次元における生の自己超越が表現され、現代において「二つの全く曖昧な態度」(弁証法的矛盾の状態)に到達したというのである。

 

ティリッヒの究極的主張、すなわち第三の時代について、もう少し解説すると、終末の日が近づき、神が直接地上を支配する千年王国が間近になったということである。

この説は、ローマ帝国でキリスト教が国教化した時、アウグスティヌスが『神国論』で唱えてから、ローマ・カトリックで支配的になった考えである。

 

その後、正教会やプロテスタントなど伝統的な教派では、地上の教会が「神の国」であると主張した。

また、ナチス・ドイツは第三帝国を千年王国と称し、負のキリスト教と言われるマルクス主義にも、千年王国と同じ思想が見られるのである。

 

歴史上における「神の国」は、現われたり、消えたりしている。また、自分の時代が終末であるという危機意識を常に持っていた。

したがって、ティリッヒは「神の国」のシンボルは、内在と超越の両面を表現する力を持っているというのである。

 

以上が、ティリッヒの「生の三つの過程」(自己統一、自己創造、自己超越)に関する説明である。