当サイトで議題とする神学者とその理由などについて紹介しています。まず始めにお読みください。



バルト3 キリスト中心主義(一切の人間学的要素の排除)(3)

「弁証法神学」

『ローマ書』出版の二年後、バルトはゲッティンゲン大学に招かれ、神学部で教鞭を執るようになる。そしてこのころ、フリードリヒ・ゴーガルテン(Friedrich Gogarten)、エドゥアルト・トゥールナイゼン(Eduard Thurneysen)らと雑誌『時の間』を刊行し、近代プロテスタント主義に対する抗議をし、時代に警鐘を鳴らす。

そこにルドルフ・ブルトマン(Rudolf Bultmann)、エーミル・ブルンナー(Emil Brunner)らも参加し、これが「弁証法神学」と呼ばれる一つの大きな潮流となっていくのである(注②)。

「弁証法神学」というのは、これらの人々がキルケゴールの影響の下に、「時間と永遠」との無限の質的な断絶を強調したことによる。「この神学はそれ以前の神学的方向づけ、すなわち、リベラルな神学にもそれに反対する保守的な神学にも、対立した。『弁証法神学』という名称は解消不可能な対立関係において思考する彼らの思惟のスタイルに由来する」(『バルト神学入門』、エーバハルト・ブッシュ、新教出版社、15頁)。

またこの流れは「危機の神学」とも呼ばれた。それは有限で罪深い人間にとって、超越的かつ神聖なる神が「危機」であり、審判者であるからである。

バルトは近代神学について「ただ人間の精神や心や良心や内面性だけを問題にする人は、本当に神を問題にしているのか、人間の神化を問題にしているのではないか」(著作集4、『ルートヴィッヒ・フォイエルバッハ』、153頁)と批判する。そして神学はずっと以前から人間学になってしまっていると言うのである。

 

*近代合理主義はキリスト教と科学的合理性との調和を目指す理神論を生み出し、批判精神と実証的な歴史研究にもとづく自由主義神学は、聖書や教会の歴史的批評的研究を進めていった。またそこから「史的イエス」の研究も進展していく。このようなプロテスタント教会に対して、カトリック教会は二十世紀に至るまで反近代主義をつらぬき伝統主義を強化した。

*「一九世紀の神学の根底を批判的に綿密に精査すると共に、教理自体の基盤に基づいて、また、教理それ自体の内的で客観的な論理により、キリスト教の根本的な教理を実証的に再考察することであった・・・彼が攻撃しなければならなかった神学は、哲学と文学と音楽、そして輝かしいヨーロッパ文化のあらゆる精神科学における、現在ヨーロッパの最大の知的業績に関する思考と見解とに、からみついていたからである。したがって彼は、あら探しの断片的批判によってではなく、根本的アプローチによって、そのすべてと格闘しなければならなかった」(『バルト初期神学の展開』T.F.トーランス 新教出版社、75頁)。

 

「フォイエルバッハ論」

周知のように、フォイエルバッハは「神の本質とは人間の本質である」(「キリスト教の本質」1841年)と批判し、「人間の本質」を肯定するために、神学と宗教の幻想的投影を否定した。バルトはこの転倒した命題は、シュライエルマッハーやリッチュルやヘルマンおよびその時代の人々に対する帰結であるといい、「神と人間を同一視する神学」をやめない限り、「フォイエルバッハを批判する理由は、われわれにはない」(著作集4、158頁)という。そしてフォイエルバッハの学説に対して次のように反撃した。

「もしフォイエルバッハが、われわれ人間は頭から足の裏まで悪い者だということを知っている者であり、われわれは死ななければならないということを思う者であれば、神の本質は人間の本質だなどということが、あらゆる幻想中最も幻想的な幻想だということを認識したであろう」(同上、著作集4、『ルートヴィッヒ・フォイエルバッハ』、新教出版社、157頁)。

そしてバルトは、「神との関係が転倒不可能なものだという事実が、われわれにとって絶対的・徹底的に確立されないかぎりは、この点について沈着に達することはないであろう」(同上、151頁)と述べている。このようにバルト神学は、近代世俗主義の持つ無神論と根本的に対決したのである。

そしてこのような「無神論」を生み出した「有神論」とバルトは対決したのである。

このことに関してエーバハルト・ブッシュは、「カール・バルトの現代的意義」と題する講演で、次のように述べている。

「無神論的世俗主義との対決を決定的に遂行するためには、無神論があの帰結を引き出した有神論の前提そのものとの対決という形をとらなければならないというのです。なぜなら、バルトにとっては、事実このような前提―すなわち絶対者としての神、人間に対抗する抽象的な対立概念(Gegenbegriff)としての神―は、神がまったく存在しない場合よりはるかに大きな害悪なのです」(『カール・バルトと現代』ひとつの出会い―E・ブッシュ教授をむかえて、新教出版社19頁)。

 

さらに、有神論の神観念は神と無関係であり、それによって「人間は神を見失うだけではなく、同時に自分自身をも見失う」(同上、20頁)と述べている。

 

つまり「神は本来他者であり、まさに絶対的存在であることを承認したとしても、いずれの場合にも、神はまさに『人間が立ち現れる余地のない高み』だと考えられているのです」(同上、19頁)というのである。そしてこのような既存神学の絶対者という観念は「堕罪した人間の産物」であるといい、イエス・キリストと出会う神こそ「真の神」であると次のように述べている。

 

「人間が天に投影したものは、L・フォイエルバッハが考えたように、人間の真の本質ではなく」(同上20頁)「自己自身だけで生き、自己自身であろうと欲する絶対的存在の観念の全体は、それ自体、人間がそれによって神からだけでなく、人間自身から疎外される堕罪の人間の基本的産物なのです」(同上、20頁)。「有神論も無神論も、同じ害悪のもとに苦しんでいるのであり、共にそこから救出されるべきなのです。ここで私は、聖書によってイエス・キリストにおいてわれわれに出会い給う真の神のみが人類を神と自己自身からの疎外から解放し給うというバルト神学の基礎事実に背後から接近しているのです」(同上、20頁)。

 

以上のように、バルトは無神論を生み出した有神論を厳しく批判する。既存神学の絶対者という観念は、神からだけでなく、人間自身からも疎外された「堕罪した人間の産物である」と述べ、有神論の神観念は神と無関係であり、それによって「人間は神を見失うだけでなく、同時に自分自身を見失う」というのである。その結果、「有神論も無神論も同じ害悪のもとに苦しんでいるのであり、共にそこから救出されるべきなのである」と述べ、

イエス・キリストと出会う神こそ「真の神である」というのである。すなわち神認識はキリストを抜きにしてあり得ないというのである。

そして、このような認識の下で、バルトによる神認識は、神の側から和解に基づく「信仰の類比」へと発展していくのである。

 

*「真の神」、「完全な神認識」は再臨のメシヤを抜きにしてあり得ない。

*「わたしたちの知るところは一部分であり、予言するところも一部分にすぎない。全きものが来るときには、部分的なものはすたれる。」(コリントⅠ、13・9~10)

 

注②  『二十世紀神学の形成者たち』(笠井恵二著、新教出版社、57頁)。

バルト2 キリスト中心主義(一切の人間学的要素の排除)(2)

『ローマ書』(初期バルトの神学思想)

彼は1919年に『ローマ書』を出版する。程なくしてもう一度、まったく新しく書き改める(『ローマ書』第二版、1922年)。この本は各界に大きな衝撃を与えた。バルトは19世紀の人間中心的な近代プロテスタント主義(自由主義神学)、特にその理性による「自然神学」を痛烈に批判し、神学を再び神の言葉から出発させ、啓示の絶対性を主張した。『ローマ書』の基本的命題は、神とは誰か、あるいは何かを、パウロと共に理解しようとするところにある。

この姿勢は、ルター、カルヴァン等の宗教改革者の信仰を回復し、パウロの教えに帰ろうとするところにある。バルトにとって『ローマ書』はパウロの言葉を通して語りかける神の言葉なのである。

 

『ローマ書』でバルトは、「人間と、人間を基礎づける窮極者との間のあの質的な距離が看過され無視される場合には、必ず庶物崇拝が発生する。この庶物崇拝は《鳥や四つ足や虫》の中に、また最後に、否、最初に《滅びる人間の姿》(『人格』や『幼児』や『女性』)の中に、またその人間の精神的かつ物質的な創造物や建造物や表現物(家族や民族や国家や教会や祖国等々)の中に、神を体験し、―そしてあらゆる現世的事物の彼岸に住み給う神を見棄てるのである。かくして神ならぬ神が打ち立てられる。かくして偶像神が打ち立てられる。《それゆえに神は彼らを見棄て給うた。》・・・真の神を忘れるということは、それ自身が既に神を忘れる者に対する神の怒りの発現である(1・18)」(著作集14『ローマ書』、新教出版社、62頁)と述べている。

つまり、私たちが神として説明したものは偶像の一つであると警告しているのである。そして「ナザレのイエスの中にキリストを見出したということは、神の信実を告げる一切の告知がまさにイエスにおいてわれわれと邂逅した」(同上、114頁)と述べ、「イエスが律法と予言者たちとによって証しせられた神の信実を伝える窮極の言葉であり、すべてのほかの言葉を解明してその意味を最も明確に表現している言葉であるということによって、実証せられる」(同上、115頁)と述べている。

バルトは、「パウロはローマ書の中で本当にイエス・キリストのことを語ったのであり、それ以外の何かについて語ったのではない」(著作集14『ローマ書』、新教出版社、13頁)と述べている。

 

当時の歴史的批評主義からすれば、このような『ローマ書』は学問的な釈義などと言えたものではなく、それはバルトの独断論であると思われた。だが、バルトはハルナックに代表される近代神学(自由主義神学)の「歴史的・批評的方法」に対して、それらの学問が聖書の記述の事実性を確定する上で不可欠であることを認めるが、聖書の理解や解明、すなわち釈義そのものではないと真っ向から反論した。

『ローマ書』の解題には、少し意訳したが、次のように論述されている。

「彼が歴史的批評を認めるのは、あくまでも聖書の記述する事実の確定という聖書釈義の予備的段階にすぎないのであり、これが釈義そのものであることを要求するなら、それは拒否されねばならない。聖書をひとつの人間的・歴史的な文書として取り扱う歴史的批評学には、本質的な限界性がある。このようなものは釈義学上の素材に過ぎず、決して聖書の理解や解明と称し得べくもない」(『ローマ書』、解説 656頁 参照)というのである。

これに比べて、「聖書の一語一語を神の言葉とする霊感説は、聖書の人間的文書たる面を無視するという重大な欠陥をもつものの、釈義の真義を捉えている点、バルトはむしろこのほうに一層の親近性を感じる」(同上、参照)と。

 

しかし、彼の釈義的態度は、自由主義神学でも正統主義神学でもない。そのいずれをも排し、同時に、そのいずれをも採る立場であって、「『テキストからザッヘ(Sache)そのものへ』をその釈義学的方法とする」(『ローマ書』、解説、656頁)のである。彼の常用語であるザッヘとは、「外殻であるテキストの言葉ではなくて、そこにある核心的な事実、すなわち言いかえれば、人間の言葉である聖書の証言ではなくて、それが証言するところの神的事実そのもの、という意味である」(同上、解説、656頁)というのである。

バルトの神学はこのザッヘ(Sache 事柄)との関連性において考察せねばならない。すなわちイエス・キリストにおいて和解した神と人間の関係、言い換えると、人間を否定することによって肯定する神と、この神による人間の救いの福音なのである。彼はこのような釈義を『神学的釈義』(われ信ず)と名づけ、これこそはルターやカルヴァンの釈義であるとする。

バルト1 キリスト中心主義(一切の人間学的要素の排除)(1)

歴史的政治状況と対決

バルトは、スイスの改革派の牧師であった頃、労働運動と社会主義にかかわり、牧師でありながらスイス社会民主党(1915年)に入党する。それで「赤い牧師」と呼ばれたが、その改革派の宗教改革とは、人間の内面の変化だけでなく、社会全体の改革をなそうとするのである。すなわち、「生ける神」はその意志を、彼岸においてではなく、この世界の中で、ただ単にキリスト者や教会を通してだけでなく、無神論者や社会主義者を通しても貫徹される、と捉える信仰である。

 

*バルトは「イエス・キリストは《マルクス主義者》のためにも死に給うたのだが、また《資本主義者》と《帝国主義者》と《ファシスト》のためにも死に給うた」(『カール・バルトの生涯』エーバハルト・ブッシュ、新教出版社、615頁)という。

 

だが近代神学は人間と社会の歪みについて十分な認識を持たず、労使関係という社会問題を解決するには、全く無力であった。

また第一次世界大戦が勃発した時、ドイツでリベラルな神学教師たちも、社会民主主義の指導者たちも戦争イデオロギーに屈伏し、国民戦争推進派へとよろめいて行った。

それでバルトは今まで「ハルナックの弟子」、あるいは「ヘルマンの弟子」といっていたが、その自由主義神学の聖書釈義や教義学の前提が間違っているのではないかと考え始めた。そしてバルトはスイスの宗教社会主義から離れて行った。ただし彼は政党が取り組んでいる問題を捨てて越えようとしたのではなく、それを包含して越え、神からトータルかつラジカルに捉えなおそうとしたのである。

このようにバルト神学は現実との対決の中から形成されていったのである。注①

 

*「バルトは『片手に聖書を、他の手に新聞を持って神学する』ということを、くりかえして語った。バルトの神学は、時代関連的に、状況関連的に読まれ、理解されなければならない」(『カール・バルトと現代』ひとつの出会い―E・ブッシュ教授をむかえて、小林圭治編、新教出版社、100頁)。

 

注①  『バルト』(大木英夫著、講談社、80~98頁 参照)。

「元来、キリスト教は罪人の救いに関わる。キリスト教の本質は、神によって創造された本来の姿(神の似姿)を歪められた人間(罪人)を、神との正しい関係へ回復することである。個人の場合と同様に、社会の歪みが目立つようになれば、当然、歪められた社会を、その本来のあるべき姿(本質)に回復することが、関心の的となるべきである」(『カール・バルト』大島末男著、清水書院、34頁)。

「若いバルトを捉えたもう一つの問題は、社会主義の問題であった。この問題についても、われわれは人の思いを遥かに越える神の摂理を見ることができる」(同上、33頁)。

「真のキリスト者は社会主義者にならなければならない」(『カール・バルトの生涯』エーバーハルト・ブッシュ、新教出版社、120頁)

シュヴァイツァー14 信仰義認論への挑戦(14)

「原理的批評」

 十字架の死(贖罪)に対する疑念と愛の実践(「行い」)による「キリストとの合一」(復活理解)を説くシュヴァイツァーの神学思想は、イエスの本来の降臨の目的が「十字架の死」(贖罪)にあるのではなく、「神の国の実現」にあったということを確信する彼の福音書研究の結論に他ならない。イエスの公的活動はメシヤ性と無関係であるとか、なぜメシヤであることを秘密にしたのか、という指摘は、キリスト教の救いの中心である十字架の死の絶対予定説に対する否定である。言い換えると、イエスの本来の目的は死ぬためにきたのではないという神学である。

 このような神学思想がキリスト教界に出現し、霊的精神的環境圏を形成したことは、同じ発想を持つメシヤ思想である統一原理(『原理講論』)を、キリスト教界が受容可能なものとせんがための洗礼ヨハネ的使命を持った神学であると言えよう。

 キリストを信じるだけで救われるのではなく、愛の「行い」による「キリストとの合一」が救いであると強調する点は、ルター以来の信仰義認論に対する批判であり、本来的なイエス・キリストの教えへの帰還を目指すものである。

 「生命に対する畏敬」という世界観と人間観は地上天国の建設を目指す理念であり、個人の救いの次元を超えた理性的な大人を対象としたものである。それは人間だけでなく、万物の救いも包含した再臨のメシヤ思想の到来を予言する成熟社会の神学思想であるといえよう。

以上のような歴史的・学問的に誠実なシュヴァイツアーの神学思想は、イエスといえども人間学の対象とした科学的な歴史研究の結果によって形成されたものである。

また、諸宗教との対話は、宗教統一、思想統一を目指す再臨のメシヤ思想を先駆けるものであるといえよう。

 

注①    『二十世紀神学の形成者たち』(笠井恵二、新教出版社、23頁)②同40頁、③同19頁、④同51頁、⑤同42頁

注⑥『バルト初期神学の展開』(T・F・トーランス、新教出版社、108頁)

 

 

主要参考資料

『イエス伝研究史』(上)、著作集19、白水社

『イエス小伝』著作集8、白水社

『使徒パウロの神秘主義』著作集10、白水社

『わが生活と思想』著作集2、『わが生活と思想』選集2、白水社

『二十世紀神学の形成者たち』笠井恵二、新教出版社

『シュバイツァー』小牧治 泉谷周三郎、清水書院

『文化と倫理』著作集7、白水社

『キリスト教と世界宗教』シュヴァイツェル著、鈴木俊郎訳、岩波書店

シュヴァイツァー13 信仰義認論への挑戦(13)

「生命への畏敬」

 ここで、「生命への畏敬」という言葉がどのように啓示されたかについて述べておこう。

啓示にはいろいろあるが、バルトはイエス・キリスト以外の啓示を認めないが、ここでは文章を書いている時に現れてくる場合である。ルターの「塔の体験」の場合もそうであったし、シュヴァイツァーの場合もそうであった。その啓示とは、どのような心境において起ったのであろうか。

 シュヴァイツァーは文化哲学の基礎となる「生命への畏敬」の思想に到達するまで長く呻吟し道なき密林を彷徨し、時に意気阻喪(そそう)してしまったこともある。その時期、彼は河を遡ってかなり長い旅をしなくてはならないことが有った(1915年9月)。

 その旅の途上において新しい思想が突如彼に臨んだのである。その時の体験を次のように彼は述べている。

 「舟はくるしそうに砂丘のあいだをわけながら、ゆるゆるとオゴーウェ河をさかのぼって行った。ちょうど乾燥期であった。私は引舟の甲板の上に茫然と坐っていた。心中には、いかなる哲学の中にも書いてない根本的な普遍的な倫理性の概念を考えて、苦心惨憺しながら、紙に一枚一枚と連絡のない文章を書き記していた。それはただこの問題について集中しておらんがためであった。三日目の晩、日没の頃、河馬の群のあいだを舟が進んで行ったとき、突如、今まで予感もしなければ求めたこともない「生への畏敬」という言葉が心中にひらめいたのであった。― 鉄扉は開けた! 密林の路は見えてきた! ついに私は、世界人生肯定と倫理とがともに包含される理念に到達したのである! 今こそ、倫理的世界人生肯定の世界観が文化理念とともに、思考の中に基礎づけられることが、明白となったのである!」(著作集2、『わが生活と思想』、192頁)と。

 すなわち、シュヴァイツァーは自己を多くの「生きようとする意志」に取り囲まれた一つの「生きようとする意志」として感じたとき、すべての存在者との共生共栄の理念を発見するのである。

 このことに関して、また、彼は次のように述べている。

 「他者の『生きようとする意志』に対して自己のそれに対する同様な『生命に対する畏敬』を払うべき必然を感得することであるべきである。これは他者の生命を自己の生命の中に体験することである。・・・・『生命に対する畏敬』の倫理とは、すべての愛、献身、苦痛をともにし歓びをともにし努力をともにすることの一切をいうのである。それゆえ『生命に対する畏敬は』は『生きようとする意志』が思想化されたものであり、それは世界人生肯定とそして倫理とをともに含有している。」(『キリスト教と世界宗教』、93頁)。

 「他者の生命を自己の生命の中に体験する」とは、人類の罪を自分が背負って十字架についたイエス・キリストの精神と一致するものである。

 その精神は、右の文言にあるように、愛、献身、苦痛、歓びを共にし、努力を共にする一切をいうのであり、他者とは人間社会だけでなく、万物をも包含し、万物に対しても同様の精神で接するべきだというのである。

 そして、イエスは「生命への畏敬」の模範的な体現者であるというのである。

 以上が、思索が限界状況に直面した時いかに飛躍するか、それを啓示として、「閃き」として捉える場合の一つの例である。

 聖書に、人間が堕落することによって、万物までも虚無となり、万物が神の子たちの現れることを待っているという、次のような聖句がある。

「被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている」(ローマ人への手紙8・19~22)。

 この聖句は、シュヴァイツァーの「生命への畏敬」の思想の正しさを裏づけている。

 

「生命への畏敬と御言の関係」

*「(ヘリコブター)事故が起きた後に、わたしが深く悟ったことが何かと言えば、太陽も真の父母の血族であるということです。水と空気も真の父母の血族、地も一つの真の父母を育て上げるために存在するというのです。そして、存在するすべてのものは、出発から怨讐という心がありません。出発から相対的存在を調節するとか、相入れない闘争という概念がないのです。」(『ファミリー』2008年10月号、9頁。8月1日「天正宮博物館訓読会での御言」)。ヘリコブター事故(2008年7月19日)

*「この微小な動物も、神様の絶対愛の上で、絶対信仰の上で創造しました。神様ご自身も絶対信仰、絶対愛、絶対何ですか?(「服従です」)。服従です。その上に存在するこのすべてのものは、これから神様の救援摂理圏内ですべて一つになり、各自異なる万有の存在は、数千の系列、数万段階の存在として、真の父母の一身と同じ対等な位置を持つようになったということです。この砂粒なら砂粒にも真の父がいなければならず、真の母がいなければなりません。真の父母がいなければならず、真の愛と真の生命が連結され、真の血統がなければならないのです。その場は、大小の万物を中心とする万有の存在が、解放された完成した花のような香りがする園です。」(『ファミリー』2008年10月号、13頁。2008年8・1)

微小な動物だけでなく、太陽も水も空気も、「真の父母の血族」であり、「この砂粒なら砂粒に真の愛と真の生命が連結され」、真の血統がなければならないといわれているのです。その場は、「大小の万物を中心とする万有の存在が、解放された完成した花のような香りがする園です。」と言われています。これが真の愛による万物主管です。真の愛のない人は万物を主管する資格はない。

聖書に、今まで、被造物全体が虚無に服していたが、「被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。」(ローマ人への手紙、8章19節)とあるように、ついに「万有の存在」が、解放され、完成したのです。それは「真の父母」、「真理の実体」の顕現によるのです。

シュヴァイツァー12 信仰義認論への挑戦(12)

比較宗教の発端はシュヴァイツァーからです。

シュヴァイツァーは『キリスト教と世界宗教』という書物の中で、キリスト教と諸宗教を対立させ、「バラモン教と仏教」そして「シナの宗教思想」を分析し、「インド的宗教心が一元論的悲観主義的であるならば、シナ的宗教心は一元的楽観主義的である」(40頁)と述べている。彼は西洋的世界観の問題を追及してそれ自体を明らかにするために、二つのことを明らかにする。「世界人生否定的悲観主義的であるか、世界人生肯定的楽天主義および倫理的であるか、」と。

 

そしてシュヴァイツァーは次のように結論を述べている。

「いずれの思惟的宗教も、倫理的宗教であろうとするか或いは世界を説明する宗教であろうとするかを選択しなければならない。われわれキリスト教徒は前者をより価値あるものとして選択する。論理的な、それ自体において完結した宗教心をわれわれは放棄する。『いかにしてわれわれは同時に世界にあり同時に神にあることができるか』という問いに対して、イエスの福音は答える。『汝が世界の中にて生きそして世界とは異なるものとして働く・・・ことによって』と。」(『キリスト教と世界宗教』鈴木俊郎訳 岩波文庫 58頁)

 

さらにシュヴァイツァーは対立する問題点について次のように整理し理解する。

「東洋の論理的諸宗教と比較すればイエスの福音は非論理的である。それは倫理的人格としていわば世界の外に立っているひとりの神を前提する。この倫理的人格は世界において作用している力といかに関係しているかという問いの答えとしては、それは不明瞭の域を出ない。神は世界において作用している力の総括概念であること、すなわち存在する一切は神において存在するということを、それは堅持しなければならない。究極的にはそれゆえそれもまた一元論的にまた汎神論的に思惟せざるをえない。同時にしかしそれは神はただ世界において作用している力の総括概念たるべしということに甘んじない、なんとなれば一元論と汎神論の神は―世界に関する自然的思惟の神は―非人格的であってなんら倫理的性格をもっていないからである。それゆえキリスト教は二元論のあらゆる困難を自分自身に引き受ける、それは倫理的有神論である。神を世界とは異なる又私自身を強いて世界と異ならしめる意志として把握する。

 たえずくりかえしその存在の幾世期のあいだそれは神に関する自然的思惟から生ずる観念と倫理的観念とを一致調和させようとこころみる。けっして成功しない。未解決のままそれは一元論と二元論、論理的宗教と倫理的宗教の分裂を自身のなかに担う。」(同上、59~60頁)。

 

*「バラモン教的および仏教的思惟が何かを示すことができるのは、ただ世界から隠遁して無行動的な自己完成に生きられる境地にあるものに対してだけである。畑を耕しているものに或は工場で労働しているものにはそれはただこう言うことができるにすぎない、『きみはまだ真の認識には達していない、そうでないならきみは虚偽にして苦悩多き感覚世界にきみを縛りつけているその労働から目を転ずるであろうから』と。唯一の慰藉(いしゃ)としてそれがかれに期待をもたせて差支えないのは、かれが来世に生まれかわってより高い認識に達し、そしてそのときに世界から抜け出る途を探究することができるということである。」(『キリスト教と世界宗教』シュヴァイツェル、37頁 鈴木俊郎訳 岩波書店)

シュヴァイツァー11 信仰義認論への挑戦(11)

(五)『文化哲学』(「生命への畏敬」=愛の万物主管)

1923年、文化哲学の第1巻の表題は「文化の退廃と再建」、第2巻を「文化と倫理」とし、文化哲学の根源を「生命への畏敬」とする。

シュヴァイツァーは、神の愛を普遍化し、自然を物理的な物質と見ず、「生きようとする生命」(生への意志)と捉え、他者の生命を自己の生命の中に体験する「生命への畏敬の倫理」を説く。イエスはその体現者であるという。

「生命への畏敬」とは、一見すると物質に見える自然に、人間の心のような性相的側面を見る深い宗教性からくる悟りなのである。彼はこの「生命への畏敬の倫理」こそ、正しいキリスト教であり、人類の未来の希望であると断言する。

いち早く東洋の諸宗教と対話したシュヴァイツァーに対し『二十世紀神学の形成者たち』の著者、笠井恵二氏は次のごとく評している。

「生命倫理や地球環境の問題がクローズアップされている今日、植物にまでおよぶ生きとし生けるものへの畏敬の念をいちはやく喚起した彼の深い先見の明に、われわれは深く感動させられる」(52頁)と。

確かに神の愛による万物主管を説く「統一原理」と同様に人間の救いに止まらず、万物の救いまでも説く彼の「生命への畏敬」の神学思想は称賛に値する。

さらにまた、シュヴァイツァーが「一神論は汎神論と対立するものではない」(選集2、『わが生涯と思想』、250頁)と言う時、まさしく彼は20世紀の先駆的神学者と言うべきか。彼の神学思想は、キリスト教的一神論と東洋の自然観(汎神論)との統一の道を示しているからである。

ただし、キリスト教と諸宗教を常に対決させ、論理的思惟より倫理的宗教であるキリスト教の立場を擁護する。

この点に関して、彼は次のように述べている。

「思索から生じる敬虔さをこいねがうキリスト教は汎神論に堕するのではあるまいか、との危惧はいわれなきものである。すべて存在するものは存在の根本原因のうちに存在すると、考えざるをえないのであるから、そのかぎりにおいては、生きたキリスト教は汎神論的になるよりほかないのである。しかし同時に、あらゆる倫理的敬虔さがいかなる汎神論的神秘主義よりもすぐれているのは、それが愛の神を自然のうちに見いださずに、愛の神は愛の意志としてわれわれのうちに現われるとするからである。存在の根本原因は、自然のなかに発現するときはつねに非人格的である。しかし、われわれの心のうちに啓示される存在の根本原因にたいしては、われわれは、倫理的人格にたいすると同様な態度を見せる。一神論は汎神論と対立するものではなくて、むしろ、自然状態にある無規定のもののなかから生まれた倫理的に規定されたものとして、汎神論のうちから現われるのである。」(『わが生涯と思想より』選集2、249~250頁)。

上の文言は一神論と汎神論の問題をみごとに統一していると言えよう。しかし問題がないわけではない。神の愛は自然の内に内在するのではない「われわれのうちに現れる」といい、「自然のなかに発現するときはつねに非人格的である」という。しかし、神と人間と万物の関係が不明瞭なのである。

文鮮明師は、「自然は『真の愛』を学ぶ教材である。神様の宇宙創造の動機は愛である。『講論』では『人間』は神の形象的実体対象として、『万物』は象徴的実体対象として創造された」と述べている。自然には象徴的な愛があり、人間は本来、「神の宮」(コリントⅠ、3・16)なので神様の真の愛が顕現するのである。したがって文鮮明師によると神と人間の関係は父子関係であると説かれるのである。

 

ところで、周知のごとくバルトは頑迷にも自然神学を否定する。そして「シュヴァイツァーの見解において窮極的に危くなっていたのは、キリスト論である。」(註⑥)と、バルトらしく批判することを忘れない。それは彼の神学(キリストを抜きにして神を認識することは出来ない)から見た批判であって、それは一理あるが、しかし聖書は自然神学を否定していない。文鮮明師は、神は科学者であり、自然は第一の聖書であるといわれている。

 

以上のごとく、結論として言えることは、シュヴァイツァーのいう「存在の根本原因」(力の総括)としての神のとらえ方は、論理的思惟的に客観的な神を知る方法であり、「愛による神との合一」は、倫理的に体験的に知る方法である(キリスト教神秘主義による)。

これに対して、「生命への畏敬の倫理」(イエスはその体現者)は、それら双方のとらえ方の統一である。すなわち、万物まで包含した愛を説き、前者と後者との統一なのである。その体現者は文化人であり、そのような人たちによる文化国家の実現をシュヴァイツァーは「文化哲学」で説いているのである。

換言すると、シュヴァイツァーの神学思想の根本原理は「自己犠牲」による「行い」を強調し、愛の実践によるキリストとの合一を説く点にある。すなわち献身(自己犠牲)の倫理の実践による自己完成(神人合一)である。それは信じるだけで救われるという従来のキリスト教の教義(福音主義)への挑戦であり、また救いは個人の次元にとどまることではないということである。

 

 

*「文化と倫理」

「現代において精神の大きな課題は、世界観をつくることである。あらゆる思想は、その時代の世界観を基礎にしている。」(『シュバイツァー』清水書院、164頁)

「われわれは生命の意味をよく考えて、世界と生命とを肯定する世界観を確立しなければならない。この世界観こそ、文化の理想を樹立し、実現する力をあたえるものである。」(同上、166頁)

「倫理について語られるすべてのことは、老子・孔子・ソクラテス・プラトン・イエス・ロック・ヒューム・カント・ヘーゲル・ニーチェなどの思想家によって語りつくされているのではないか。われわれは、これらの偉大なる思想家の考えをこえる見解に到達できるのだろうか。今後これらの思想家の道徳思想を統一する理念を、見いだすことが可能であろうか。」(同上、169頁)

「人類の運命に絶望しないならば、いろいろな思想家の思想を統一する根本原理への希望を、いだくことができるであろう。」(同上、170頁)

「したがって、われわれに残された問題は、つぎの二つの試みしかない。一つは、倫理的な献身から出発して、それを自己完成の倫理のなかにとり入れることである。他の一つは、自己完成から出発して、献身を自己完成の必然的な内容として示すことである。つまり、献身の倫理と自己完成の倫理との総合が問題なのである。」(同上、173~174頁)

 上の文言にあるように、「世界と生命とを肯定する世界観」、「道徳思想を統一する理念」、「献身の倫理と自己完成の倫理との総合」とは、「神の真の愛」(自己犠牲の献身的愛)を実践して自己完成し、家庭倫理として四位基台(四大心情圏と三大王権)を完成させることなのである。

注⑥『バルト初期神学の展開』(T・F・トーランス、新教出版社、108頁)

シュヴァイツァー10 信仰義認論への挑戦(10)

 (四)「十字架の贖罪」

アルベルト・シュヴァイツァーは、「十字架を人類の罪の贖いとして受け取ることを拒否し」(注①)、「人が自己犠牲と苦難において自らの使命を遂行するときにこそ、共に生きているイエスを体験できる」(注②)と人間の責任分担論を語り、彼はパウロの思想をルターのごとく信仰義認論(行いによるのではなく信仰によって義とされる)と捉えることに批判的で、「キリスト神秘主義」の視点からイエス・キリストを解明していったのである。

 すなわち、「パウロはイエスを主体的に主なるキリストとして受けとめ、このキリストと神秘的に合一する体験こそがイエスを真に理解することだと考えた。」(注③)と言うのである。

 このようにシュヴァイツァーは「自己犠牲」による「自らの使命」の遂行(「行い」)によってキリストと合一し得ると言う。合一とは、イエスが自己の内に「共に生きている」という意味である。

 また、思索を強調する彼は、キリスト教の本質を次のように語っている。

「イエスによって告知され、思索によって理解されるキリスト教の本質は、われわれは愛によってのみ神との合一に到達できる、ということにある。神を生き生きと認識するとは、結局、神を愛の意志として身うちに体験することにほかならない。」(注④)と。

このように、愛による「神との合一」を強調するシュヴァイツァーは、受肉した神の子が人類の罪を償うために十字架につき、復活したというような、キリスト教が永いあいだ主張してきたことを繰り返すことはなかったのである。

「神の愛」を体験するとは、それがシュヴァイツァーの復活に対する理解でもあるのだが、彼によると、復活信仰とは「キリストの身体的な復活を信ずること」(注⑤)ではなく、イエスと「共にいる」、その時、すでに復活しているということなのである。客観的に霊の体による復活と捉えていないが。

既存の福音主義神学が「イエスの復活」を文字通り「肉体の復活」と信じることを強いるが、そのことからすれば、シュヴァイツァーの復活理解は現代人にとって理解し納得し得るものである。だがしかし、キリストが心の内に生きているといっても、それは内面的な個人的体験でしかない。復活を普遍的に万人の理解可能なものとするためには、復活とは何かを統一原理のごとく概念的に説かねばならない。そうでなければそれは復活という客観的事実を無視したシュヴァイツァーの主観的解釈に過ぎないということになる。

だが、彼の独創性と偉大さは、すでに明らかである。それは十字架の死から復活した「生きているイエス」に重心がシフトし、既存の神学的理解にこだわらず、自分の内なる声(本心)に従って問題を提起し解釈しているからである。

 

  *「キリストの死は、いかにして罪のゆるしを可能にするのか。いかにしてキリストの死が人間に救いと永遠の命をもたらすのか。何からわれわれは救われるのであるか。神はキリストが死ぬべきことを意図したのか。キリストの死において神は苦しみを受けたのか。このような疑問に対して組織的に解答を与えようとしたとき、和解に関する種々の理論が生まれたのである。」(アラン・リチャードソン著『キリスト教教理史入門』、日本聖公会出版部、108頁)。

和解に関する代表的な教義には、賠償説、充足説、刑罰説、道徳説などがある。

注① 『二十世紀神学の形成者たち』(笠井恵二、新教出版社、23頁)②同40頁、③同19頁、④同51頁、⑤同42頁

シュヴァイツァー9 信仰義認論への挑戦(9)

(2)、死後になってメシヤにされた!

この問題についてシュヴァイツアーは次のように述べている。

「はんたいに、イエスは自分ではみずからをメシヤだとは考えていなかった、と仮定するならば、イエスがいかにして死後になってメシヤにされたのであるか、この事情が説明できなければならないであろう。死後になってメシヤにされたのは、イエスの公的活動によるものでないことだけは確かである―なぜなら、まさにこの公的活動というものが、イエスのメシヤ性とは何の関係もないもないのであるから! ところで、はたしてそうであるとするならば、12弟子にたいするメシヤの秘密の啓示と大祭司のまえの告白はどういうことになるであろうか? これらの場面は史実でない、と説明するのは、まったくの暴挙である。」(『イエス小伝』、99頁)。

 

シュヴァイツァーは『イエス伝研究史』で右の諸問題に関してさらに次のごとく述べている。

「神の国を問題にする聖句と、イエスのメシヤ意識を表明する聖句とは、実際、ともに徹頭徹尾終末論的性格を帯びているのである。」(『イエス伝研究史』(上)、白水社、14頁)。

このように考察した後で、「イエスは、その死後はじめて、イエスのよみがえりを信ずる信奉者たちの信仰にもとづき、信奉者たちにとってのメシヤとなったのである。」(同上、14頁)と述べている。そして「人々は、イエスのメシヤ性をあくまでもイエスの秘密とし、イエスの死後はじめてこの秘密が知らされる、という仕方でしか、処理できなかったのである。」(同上、15頁)と言うのである。

このように「イエスのメシヤ性は、じつにイエスの復活にもとづいていたのであって、地上の活動にもとづくものではなかった」(『イエス小伝』、102頁)と言うのである。

 

ところでシュヴァイツァーは、「イエスの生涯」の研究の動機に関して次のように述べている。

「イエスはかれ自身のメシヤなる尊称を秘密(!)にするように、むしろ強いられてさえいたのはどうしてなのか、これを明らかにする解釈だけである。イエスがメシヤであるということが、なぜイエスにとって秘密であったのか?―これを説明することが、とりもなおさずイエスの生涯を把握することなのである。」(著作集8、『イエス伝』、100頁)。

 

シュヴァイツァーが『イエス伝』を研究する神学的動機は何であったのか。それは先に論じた聖餐論の問題と「何ゆえにイエスは公生涯の終わりに、それも唐突に、十字架に向かっていったのか」という疑問を解明するためであった。われわれは、ここでシュヴァイツァーが提起したこの問題(イエスのメシヤ性の秘密と受難の秘密)を解明している統一原理(『原理講論』)の「メシヤ論」、すなわち「エリヤの再臨と洗礼ヨハネ」(193頁)、そして「イエスが洗礼ヨハネの使命を代理する」(409頁)という箇所を想起する。もちろんこれらの諸問題と関連する神の救済の予定が、人間の責任分担論との関連で、第一、第二、第三と延長していくことをイエスの予型諭として旧約聖書の「モーセ路程」を通して知らなければならない。そうでなければ地上の公的活動(第一次摂理)とイエスのメシヤ性の関係が分からないであろうというのである。神の業は、すでに歴史の中に啓示しておられるのである。

 

*「ヘロデは、イエスは洗礼ヨハネだとばかり思いこんでいた。『わたしが首を切ったあのヨハネが死人のあいだからよみがえってきたのだ。だからあのような力が彼のうちに働いているのである』(マルコ6・14)というのである。」(『イエス小伝』、白水社、177頁)

「ところで実際には、イエスが自分をメシヤであると考えていることを知っていたものは、だれひとりいなかったのである。だからひとびとは洗礼者を預言者と考え、イエスはエリヤではあるまいかと、自問したのである。」(著作集8、『イエス伝』、182頁)。「洗礼者についてイエスがその真価を語った言葉(マタイ11・7~15)の、秘密にみちた最後のいくつかの文章の意味するところを、十分に理解したものはだれひとりいなかった。ただひとりイエスにとってのみ、ヨハネは約束されたエリヤなのであった。」(『イエス伝』、182頁)。

 上記のごとくシュヴァイツァーはイエスを理解するために、イエスの内面を考察し、統一原理のメシヤ論の内容に近い解釈をしているのである。自由主義神学の伝統に立つシュヴァイツァーにとつて、イエスといえども人間学の対象であり、科学的な歴史研究の対象なのである。自由主義神学と対立する福音主義の批判者は、自己の神学的視座から見て、シュヴァイツアーを短絡的に異端と言って排斥する。同様に、彼らは統一原理を異端というのである。

シュヴァイツァー8 信仰義認論への挑戦(8)

(三)『イエス小伝』(イエスの生涯)

シュヴァイツァーは彼の著『イエス小伝』で福音書を研究し、イエスの公生涯について次のような問題点を指摘する。

 

(1)、突然の死の予告

シュヴァイツァーはイエスの「突然の死の予告」について次のように述べている。

「つまり、受難思想があらわれる所までなら、どんなイエス伝でも、一応ついてゆける。しかしちょうどそこで、きまって脈絡がつかなくなってしまうのである。なぜイエスはその時になって突然、どうしても自分が死ななければならない、と考えるのか。またイエスが自分の死は救いをもたらすと考えるのは、どういう意味においてであろうか。従来のイエス伝で、これを明らかにすることに成功しているものは一つもないのである。」(著作集8、『イエス小伝』、97頁)。

このように「突然の死の予告」はなぜかを、誰も解明していないという。そしてシュヴァイツァーは次のような2つの疑問を投げかける。

 

1、公的活動はイエスのメシヤ性と無関係?

2、なぜイエスは自分がメシヤであることを秘密にしたのか?

この二つの問題に関して次のように述べている。

「イエスが本当に自分をメシヤと考えていたとするならば、どうしてイエスは、あたかもメシヤではないかのように行動しているのであろうか? ひいては、イエスのメシヤという尊称と権威ある地位がメシヤの公的活動とまったく無関係であるかに見えることはどのように説明すればよいのであろうか? エルサレムにおけるわずかの日を別にすれば、イエスの公的活動がすでに終わってしまった後になってはじめて、イエスは弟子たちに、自分がだれであるかを打ち明け、さらにその上に、この秘密を厳守するようにかれらに命じているということは、これはどう考えればよいのか? 慎重な心遣いから、あるいは教育的な意図からイエスはこのような態度を余儀なくされた、とするのはすこしも説明になっていない。イエスが弟子たちや群集を教化して自分がメシヤであることを悟らしめようとしたというようなことを、ほんのわずかでも暗示している言葉がはたして共観福音書のどこにあるのであろうか?」(著作集8、『イエス小伝』、98頁)。

「なにゆえにイエスはメシヤ観念に対する自分の解釈をどこまでも沈黙しとおしたのであろうか?」(同上、『イエス小伝』、99頁)。

このようにシュヴァイツァーは、なぜイエスはメシヤであることを秘密にし、沈黙しとおしたのかと問題を提起する。これらの疑問は、統一原理(『原理講論』)の「メシヤ論」ですべて解明されている。シュヴァイツァーは問題提起にとどまっていたが、彼が統一原理を知れば、どれほど喜んだことであろうか。異端と言った人たちを論破したに違いない。

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